日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(133)2024年11月号 巻頭言:『一杯の缶コーヒーより野菜と米の価格を安くすべきか?』 大東南アジア地域研究研究所/京都先端科学大学バイオ環境学部 安藤 和雄
■目次
■1)巻頭言:『一杯の缶コーヒーより野菜と米の価格を安くすべきか?』
大東南アジア地域研究研究所/京都先端科学大学バイオ環境学部
安藤 和雄
■2)特別寄稿:『新たなバングラデシュの意義』
元駐バングラデシュ特命全権大使
泉 裕奏
■3)特別寄稿:『バングラデシュ情勢~後編~
バングラデシュにおける現在の難局から予想できること:個人的見解』
日本バングラデシュ協会 元副会長
モンズルル・ホク
■4)寄稿:『イリッシュを探す旅』
東京外国語大学国際社会学部南アジア地域ベンガル語専攻
菅原 昂平
■5)『イベント情報』
■6)『事務連絡』
■7)『読者のひろば』
・メルマガ10月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■8)『編集後記』
■1)巻頭言:『一杯の缶コーヒーより野菜と米の価格を安くすべきか?』
大東南アジア地域研究研究所/京都先端科学大学バイオ環境学部
安藤 和雄
日本の野菜と米が高い
最近(2024年10月)、スーパーの白米5㎏で3500円の価格がつけられている。今年の新米である。日本のマスコミは昨年の150%の価格だと、連日、ニュースとして取り上げ、こんなに高くなったと嘆く。私は、朝市で対面販売により野菜や米を売っている。ホウレンソウ、空心菜、ツルムラサキ、小松菜など葉物は200~250gで一袋100円、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモは500g一袋で200円である。この値段は、母が行っていた10年以上前からほとんど変わっていない。スーパーのほぼ5割から7割くらいの価格である。対面で売っていると基本的な価格の単位のようなものがあり、朝市では100円が単位となっている。一袋、一束で、それの倍数、または、50円という硬貨の単位で端数が決められる。大雑把であるが、その方が計算しやすく、購入しやすいからでもある。対面での販売の価格を引っ張っているのは、お客さんが日頃買い物をするスーパーの価格である。白米と玄米、昨年栽培された古米よりは500gで100円高い350円。スーパーの価格とほぼ同じである。スーパーは5㎏単位での販売であるが、私は一袋単位の350円なので、野菜感覚で購入してもらっている。
「販売促進」
朝市の中高年の女性のお客さんの中には、この価格でも、「高い、安くしてよ」という方が時々いる。独居の年金生活者ということも考慮しても、私が栽培している野菜は減農薬、無農薬であるので、いくら何でもと内心思い、「奥さん、コーヒー一杯いくらですか?」と問うことにしている。現在(2024年10月)、コンビニでSサイズのコーヒーが120円、名古屋で人気のコメダ珈琲店のモーニングコーヒーが軽食付きで600円、コーヒー単品なら500円。ネットで検索すると、10年前には、コメダのコーヒーは一杯380円であった。コンビニのコーヒーはずーっと100円だった。これで採算があうのか、とネットを調べると、コーヒーは実は儲けを度外視した「販売促進」と位置づけられていたとのこと。100円コーヒーを買うついでに、他の品物も購入することを狙ったものだという。近くのスーパー、ドラッグストアーでは、時々、信じられないくらいの野菜の価格(例えばホウレンソウや小松菜が一袋100円を切り、500g以上あるサツマイモ「紅はるか」が一本100円)がついている。私の常識からすれば不可能な価格だが、「販売促進」であるようだ。値切るお客さんは、「販売促進」の価格を念頭に置いているようだ。そして野菜などの農産物は安いのが当たり前、朝市では安くて、新鮮ということになっている。100円自販機の缶コーヒーは値切ることなく、常識で躊躇なく購入されていく。日本の商品の価格には先入観、常識のようなものが作られていて、その土台の上に「市場価格」がのっかっていると私は日頃から思っている。TVやネット上には商品のコマーシャルが溢れ、コマーシャルが消費者の需要を引き起こし、常識や先入観を作っている。残念なことに、農家という生産者側にたって農産物、野菜の価格を宣伝するコマーシャルは皆無である。スーパーなどの企業が設定した「販売促進」で対面販売の価格が引っ張られているのであるから、これでは小農は太刀打ちできない。自販機の缶コーヒーのように野菜を育てることは難しい。とくに安全、安心となればなおさらである。しかし、単なる商品としかまだまだ捉えられていないことが残念である。
バングラデシュの野菜の価格
バングラデシュの首都のダッカではどうだろうか。ダッカ、ミルプールに住む友人のロキブさんにスマホのビデオチャットで、バザールで現在手に入る葉物野菜を中心に価格を尋ねた。バングラデシュでは、村のハット(定期市)や街のバザール(常設市)などの青空市で、女性の購入者を見かけるようになったが、モスリムの家族では、ハットやバザールでの買い物は、夫の仕事であることが一般的である。ロキブさんは男性で、家族のためにミルプールバザール(青空市)で週に2日、買い物をしている。葉物野菜は、野菜売り(ショブジー・ビックロイタ)がミルプールのパイカリー・バザール(問屋市場)から購入したものをベンガリ―(荷台の人力車)にのせて、一日一回8:00から9:30に、アパートの下まで訪問販売に来る。それを毎日買っているが、この場合は、妻のルビーさんが購入する。価格は、葉物野菜は一束(1アティ、麻もしくはナイロンの紐で束に結ばれている)が単位である。10月下旬で、空心菜(700g)一束20~30タカ。一束は私の朝市での一袋に相当する単位である。ツルムラサキ(1㎏)一束30タカ、ユウガオの先端の葉(ラウシャーク)(700g)一束30タカ。アマランサス(ラールシャーク)(700g)一束30タカ。私の葉物の重さは一袋200~300gなので、その2~3倍の量である。バングラデシュはモミから直接白米に精米するので、玄米は特別である。米は対面販売では1㎏単位で販売されている。最高品質のピラフ用の小粒米のカロジラという品種で1㎏160タカ、一般の白米は1㎏60~90タカ(太い米粒のモタは50~60タカ、細くて小粒のチクンは90~100タカ)、栄養食品として特別に売られている玄米(ラールチャウル)は、1㎏130~140タカである。
バングラデシュの野菜、米は高い?
ロキブさんの実家のあるジナイダ県の村の日雇い労働者は、朝7:00から12:00の労働時間で、イネ刈りなどの農作業で700タカ、土木作業(マティ・カタ)では500タカで働く。家をつくる大工などの仕事の場合、9:00~16;00/16:30で600タカの日給が支払われている。村の肉体労働の賃金が安いとは言え、ダッカでの葉物野菜の販売単位である一束は、日給の20分の1である。日本の最低賃金を時間あたり1000円として、8時間働くと8000円。その20分の1で、400円となる。バングラデシュの価格なら、私は朝市で4袋売れることになる。バングラデシュのダッカでの対面販売価格に比べても、私の朝市の価格は実感として相当に安いことになる。米は、標準米での価格で、ほぼ日給の10分の1である。高いと言われる日本の米の価格が、感覚的にダッカの米価格と同じなのである。日本のコーヒーはバングラデシュでは紅茶であるので、紅茶との野菜の値段を比較しみよう。
ダッカのミルプールバザールの一杯の紅茶(ラール茶)10タカ、ミルク茶(ドゥド茶)15タカ(コンデンスミルク茶は10タカ、牛の牛乳茶は15~20タカ)である。店(ホテル)ではラール茶15タカ、ドゥド茶30タカ。道路沿いの茶屋はバザールと同じ価格で販売している。ジナイダ県の村では、ラール茶5タカ、ドゥド茶7~8タカ、ホテルではラール茶10タカ、ドゥド茶15タカである。コーヒーを飲む習慣も広まりつつあり、コーヒーメーカーであるマシン(ベンダーマシン)で売られていて、ミルプールではミックサーコーヒー30タカ、ジナイダ県の村では、15タカである。ミルプール近くの店のコーヒーは紙コップで30タカ、量も多くなる陶器のカップでは70タカである。ミルプールバザールなどでの紅茶一杯は、野菜一束の2分の1から3分の1の価格である。バングラデシュは、野菜や米は紅茶より高い。これが当たり前という感覚が定着しているようだ。日本で対面販売している私の価格とは大きな違いである。
写真 タンガイル県ドッキンチャムリア村のハットで買い 物をする女性(2023年3月、安藤撮影)
「販売促進」と対面販売
バングラデシュでもダッカではスーパーのような店ができつつあるが、現在でもバザールやハットなどの対面販売が基本である。日本の対面の販売価格はスーパーの価格、とくに「販売促進」に大きく影響されているが、バングラデシュでは、対面の現場で決定されている市場価格が野菜の価格となる。ダッカのバザールやハットでの農村部から運ばれてくる野菜の価格は、農村で生産者から対面で購入された原価に、運搬経費と儲けが上積されて価格が決まるとロキブさんから教わった。バングラデシュでは、原価積み上げ方式が採用されていて、日本のように大手の企業(スーパー)が消費者ニーズという「販売促進」のために行う引き算によって生産者の販売価格が決定されているわけではない。あくまで、バングラデシュではバザールやハットでの直接の対話による価格設定が始まりとなっている。日本とバングラデシュの野菜の「市場価格」の大きな違いがここにある。そして、誤解を恐れずに言えば、日本の野菜の価格は生産者と購入者の対面による「神の手」と言われる市場原理により決定されているのではなく、スーパーなどの「企業」が消費者の先入観や常識を引っ張る「神の手」によって決定されていると言えよう。だから、日本の最近の野菜や米の価格は「異常に高い」ということになる。消費者向けに価格が低く抑えつけられてきたのである。一方、バングラデシュの野菜や米の市場価格の決定には、対面販売であることも手伝い、生産者の思いが反映されていると見なすことができる。これがバングラデシュの市場価格が本来あるべき価格となっている理由なのではないだろうか。バングラデシュとの比較により、日本の消費者に、日本の野菜、米の価格の歪(いびつ)さについてぜひ理解してもらいたいと思い問題提起してみた。
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