日本バングラデシュ協会 メール・マガジン128号(2024年6月号) 巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(4)―写真の国際展「チョビ・メラ」』 福岡アジア美術館 学芸員 会員 五十嵐 理奈

■目次
■1)巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(4)―写真の国際展「チョビ・メラ」』
                             福岡アジア美術館 学芸員
                             会員 五十嵐 理奈

■2)寄稿:『第12次バングラデシュ選挙日本政府派遣国際選挙監視団参加報告(後編)』
                             黒田一敬(元国連選挙担当官・元JICA専門家)

■3)寄稿:『バングラデシュ留学の思い出』
                             東京外国語大学ベンガル語専攻4年
                             長谷川優

■4)会員寄稿:『バングラデシュ・地球と人にやさしい最強の食卓』
                             特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク
                             石山民子

■5)『イベント情報』

■6)『事務連絡』

■7)『読者のひろば』
・メルマガ5月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。

■8)『編集後記』

■1)巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(4)―写真の国際展「チョビ・メラ」』
                             福岡アジア美術館 学芸員
                             会員 五十嵐 理奈

2010年以降、経済成長とともに勢いづくバングラデシュの美術界。国、財閥、そして民間のアート・スペースによる国際展をとおして4回シリーズで紹介します。

バングラデシュ現代美術界を国際展をとおして紹介する本シリーズの最終回は、民間の組織による地道な活動から始まった写真の国際展「チョビ・メラ」である。2000年から隔年で開催されてきたチョビ・メラは、今や、その質の高い企画内容からアジアを代表する写真の国際展として高く評価されるようになった。展覧会のテーマには、「Differences(違い)」(2000年)、「Exclusion(排除)」(2002年)、「Resistance(抵抗)」(2004年)など、毎回、社会的な課題をかかげる。当初、ドキュメンタリー写真が多かった出品作品は、次第に美術作品としての写真やビデオ・インスタレーションなど実験的な表現の紹介へと展開した。また、青空展覧会やリキシャを使った移動展覧会といった見せ方も取り入れ、ギャラリーを飛び出して町中へのアウトリーチも行う。さらには、展覧会と同時に充実したディスカッションやワークショップを行い、とくに民主主義や労働、気候変動など大きなテーマのもと、言語学者のノーム・チョムスキーやインドの作家・批評家のアルンダティ・ロイなど著名な思想家を招き、単なる写真の展覧会を超えた議論の場を作り出してきた。

こうした骨太な企画の国際展を主催するのは、Drik Picture LibraryとPathshala South Asian Media Instituteである。国からも財閥からも独立したこれらの組織を率いるのが、写真ジャーナリストであり社会活動家、教育者でもあるシャヒドゥル・アラム(1955年- )。まず、1989年設立のDrikは、社会的平等という理念のもと、図書館、写真の管理・貸出、出版、ギャラリー運営などの多彩な活動を行う独立系メディア組織である。開発途上国の画像の多くが欧米の写真家が撮影したものである現実に対し、撮られる側が自らの手で撮影した画像を収集・販売・提供する画期的なプラットフォームを作り上げた。例えば、1971年の独立戦争では、欧米報道写真家による『LIFE』誌などに掲載された写真の一方で、実はバングラデシュの写真家が困難な状況下で残した多くの貴重な写真があり、その収集、公開を担っている。その後、1998年にはPathshalaという写真専門学校を設立する。現在は、学位取得コースや交換留学プログラムもあり、高度なスキルをもつメディアのプロを育てる教育機関となった。学生たちは、単に写真の技術を身につけるのではなく、ビジュアル・ストーリーテリング(視覚的なものによって物語を語ること)、写真制作に内在する権力構造、表現の政治と文化に関する問題を意識的に学ぶ。その学びの場のひとつが、チョビ・メラのキュレーション補助で、企画、展示方法、会場、予算、国内外の作家との連絡調整に関わっている。
絵画や彫刻と異なり、写真が美術の表現様式のひとつとして認知されるまでには、どの国においても紆余曲折がある。ダッカ大学芸術学部にテレビ・映画・写真学部ができたのは2012年のこと、チッタゴン大学芸術学部にはまだ学科はない。そうしたなか、Patshalaが写真教育に果たした役割は大きい。これまでバングラデシュの美術作家にとって、バングラデシュの国立芸術機関シルポコラ・アカデミー主催の国際展「バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレ」(1981年-)は、海外の参加作家による写真作品を見ることができる数少ない機会であった。そして近年では、サムダニ美術財団主催の国際展「ダッカ・アート・サミット」(2012年-)でサムダニ美術賞の受賞作品に写真が選ばれ、美術としての写真が広く認知されることとなった。そして、その受賞者は、美術大学の卒業生ではなくPathshalaの卒業生であった。
社会的平等の信念をもち、民間レベルで表現メディアとしての写真の可能性と課題に取り組んできたDrik、Pathshala、チョビ・メラ。創設者シャヒドゥル・アラムは、「文字の識字率が低い地域では視覚的な識字率が豊かになること、そして視覚メディアの与える影響が大きいので、権力者のプロパガンダに取り込まれないように批判的思考を養うことが重要である」と説く。次のチョビ・メラでは、変動する現在のバングラデシュ社会において、写真を用いて支配文化に挑戦し、社会改革をもたらすことにどのように取り組むのだろうか。

 

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