日本バングラデシュ協会 メール・マガジン81号(2021年2月号)

日本バングラデシュ協会    メール・マガジン81号(2021年2月号)

日本バングラデシュ協会の皆様へ

■目次

■1)巻頭言:『バングラデシュのジャガイモ生産量は世界第7位』

京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

■2)追悼文:『早川元枝様を偲んで』

 会長 渡邊正人

■3)会員寄稿:『バングラデシュ独立と美術作家たち(1)--ムルタザ・バシール』

福岡アジア美術館学芸員
会員 五十嵐理奈

■4)会員寄稿:『フセイン営子のダッカ便り(2): コロナ禍を見つめて』

会員 神部フセイン営子

■5)理事連載『バングラデシュの独立に寄りそう(1971年2月):憲政対話から軍事行動へ』

-バングラデシュ独立・国交50周年記念シリーズ No. 8-

 理事 太田清和

■6)『事務連絡』

 


 

 ■1)巻頭言:『バングラデシュのジャガイモ生産量は世界第7位』

京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄人

 

1.ジャガイモ生産で世界第7位

バングラデシュは世界で第7位のジャガイモ生産国です(表1)。国別のジャガイモ生産量のトップ10の国々は、インドとバングラデシュを除けば、いずれも温帯に位置しています。この事実は案外知られていないのではないかと思います。

商品作物としてのジャガイモの魅力、高収量品種の種イモの普及、ジャガイモを使ったスナック菓子の出現などによる消費市場の発達などの理由で、バングラデシュでは2000年を前後して、ジャガイモ栽培の面積と生産量が急激に増加しています。全国の栽培面積と生産量は1955/56年度に2.59万 ha、12.4万tであったのが、2016年には47.5万ha,947万tと増加したのです。ほとんどが自国内消費されています。

この背景には、低温保蔵施設の普及も影響していることでしょう。ジャガイモは、原産地はペルーのアンデスで、冷涼な気候を好む作物です。生育適温は15℃から20℃といわれています。18世紀後半の英領期にベンガル・デルタでジャガイモ栽培の普及が始まりました。英領期には冷涼な高地である周辺のダージリン、シロンから種イモ(注:植付け用に作られたジャガイモ)が入り、やがてビルマからも入るようになりました。今では自国産の種イモ、海外から輸入された種イモが両方入手できるようになっています。

インドのジャガイモ栽培領域はガンジス中流地域と、特に盛んなのは下流のベンガル・デルタ地域です。バングラデシュ国土のほとんどを占めるベンガル・デルタは、熱帯モンスーンに位置しているにもかかわらず、温帯の野菜であるジャガイモの栽培が盛んなのです。北半球の温帯の国々では、寒い冬があるので、日本と同様に、ジャガイモは春から秋が栽培期間となります。

2.摩訶不思議なベンガル・デルタ

しかしベンガル・デルタでは、ジャガイモは乾季の冷涼な「冬」に、雨季の熱帯モンスーンの夏の稲作の後作として栽培されています。キャベツ、カリフラワー、アマランサス、ダイコンなどの他にも、北半球の温帯地域(例えば日本)の夏野菜であるトマト、ナス、トウガラシや、キビやアワなどの雑穀も、「冬」の乾季に農業近代化以前から栽培されてきました。熱帯に位置しているベンガル・デルタの乾季には、温帯が入り込んで同居しているのです。

ベンガル・デルタより南に位置する東南アジアの諸デルタではジャガイモの栽培は盛んではありません。タイなどではジャガイモに代わってキャッサバが栽培されています。農業近代化以前、井戸や池、沼、川などから人力で灌漑水をくみ上げていた時代には、東南アジアの諸デルタではベンガル・デルタほど乾季の作物栽培は盛んではなく、極めて限定的だったことが知られています。

ベンガル・デルタでは乾季の12月から2月の早朝にはセーターやダウンジャケットが必要で、村では時には藁を焚火して暖をとっていました。結構冷えます。また、ベンガル・デルタは氾濫原デルタと言われているように、水田土壌は粘土に加えて砂、シルトの含有量がかなりあり、畑作にも適しています。氾濫原には、三角州とは異なり、自然堤防と後背湿地がつくる川、沼、池などの灌漑水源が豊富です。

乾季の始まり、10月、11月、12月に、太陽の熱で、川、沼、池からは大量の水蒸気が空気中に放出されます。11月の後半からは夜と朝の低温が始まると、その大量の水分は霧を発生させ、朝には小雨が降ったように、土と作物に大量の露をつけます。小雨の役割を十分に果たしているのです。バングラデシュの氾濫原は田でもありますが、良質な畑でもあるのです。こうした繊細なベンガル・デルタの自然条件が、農業近代化以前にも乾季の畑作を可能にしてきたのです。ジャガイモの生産量が世界で第7位という事実は、まさに「人知を超えた素晴らしさ」を兼ね備えた摩訶不思議なベンガル・デルタを象徴しているのです。

3.ジャガイモは連作を嫌う

写真1 ドン(青年海外協力隊員時代にノアカリ県の村で撮影)

ジャガイモは日本では家庭菜園愛好家や農家を困らせる野菜でもあります。畑では毎年同じ場所に栽培する連作をジャガイモは大変嫌います。生育の不良、病虫害の発生などで収量が落ちる連作障害が出やすいのです。5年ほどは同じ場所では栽培できないと言われています。

収穫後の後作にも注意が必要です。同じナス科の野菜や根菜類の栽培も連作障害的な症状が出やすいので避けた方がよいとされ、数年は空けなくてはなりません。すぐに後作としてできるのはネギ、コマツナなどの葉物野菜のみです。

4.田畑輪換が支えるジャガイモの連作

しかし、バングラデシュのジャガイモは毎年同じ水田である「畑」で稲との多毛作として乾季に栽培されています。青年海外協力隊時代の1978年から81年、ノアカリ県の私の任地では、ジャガイモは池の近くの水田の裏作として、伝統的な灌漑道具である、ヘイト(日本の揚水桶に似た竹製の揚水道具)や、舟形の揚水器具のドンを使って、生育期間中に4~5回くらい人力灌漑されていたと記憶しています(写真1)。大量の氾濫水が湛水する水田の裏作ですから、農家は連作障害をまったく気にしていませんでした。このような雨季と乾季で行われる田畑輪換は、氾濫原が卓越しているベンガル・デルタだからこそ可能となっているのです。

日本でもジャガイモの栽培には、水田がよいとも言われています。私の暮らす名古屋でも、水稲の田植が6月中旬以降であった伝統的な慣行栽培(注:農家が行ってきた従来型の栽培)の作期が守られていた頃までは、春ジャガイモの種イモが3月に畑以外にも水田でも定植され、田植の始まる6月上旬に収穫されていました。春ジャガイモは「水田裏作」として栽培されてきたので、「今年はどこにつくろうか」と農家が頭を悩ませることはなかったのです。今は、台風を回避するためもあって、田植が5月末から6月初めとなり、春ジャガイモを慣行栽培することは水田ではできません。私はもう一度ベンガル・デルタのジャガイモと稲との二毛作を名古屋で今私がつくっている水田で工夫して実現したいと思っています。

バングラデシュの農業から学べることはまだまだあります。バングラデシュに出かけることが出来ないコロナ禍ですが、バングラデシュから何が学べるかを考える絶好の機会ともなっています。

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