日本バングラデシュ協会 メール・マガジン 87号(2021年7月号)巻頭言:『バングラデシュの「摘み菜文化」-スベリヒユ(Baita Shak)を食べよう―』 京都大学東南アジア研究所連携教授 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会    メール・マガジン87号(2021年7月号)

 

日本バングラデシュ協会の皆様へ

■目次

■1)巻頭言:『バングラデシュの「摘み菜文化」-スベリヒユ(Baita Shak)を食べよう―』

京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

■2)外部寄稿:『バングラデシュのガロ母系社会』

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
ジュニア・フェロー
上澤伸子

■3)理事寄稿:『バングラデシュ随想: 1999~2002』

開発コンサルタント(株)パデコ技術部長
元国際協力銀行ダッカ首席駐在員
理事 大西靖典

■4)理事寄稿:『コロナ禍の教育と児童労働』

立教大学准教授
理事 日下部尚徳

■5)理事連載:『バングラデシュの独立に寄りそう(1971 年 7 月):

キッシンジャーの電撃訪中とインド亜大陸』

-バングラデシュ独立・国交 50 周年記念シリーズ No.13-

理事 太田清和

■6)イベント、講演会の案内

■7)『事務連絡』


 

■1)巻頭言:『バングラデシュの「摘み菜文化」-スベリヒユ(Baita Shak)を食べよう―』

京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

朝市でのスベリヒユの販売

スベリヒユ(写真1)を雑草と言い当てる読者はかなりの植物愛好家か、家庭菜園や畑で野菜を栽培されている方だろう。私が住む名古屋では6月に入りそれまで草もあまり生えて

写真 1 スベリヒユ(栽培されている 2020 年 8 月 16 日)

こなかった畑の畝に、スベリヒユが次々と現れます。昨年3月に定年退職し実家の田畑で稲と野菜を栽培する都市農家の生活が始まり、バングラデシュの定期市であるハットと同様、月の七の日(7,17、27)には農協の朝市で野菜を販売しています。朝市は午前6時から8時に農協の敷地内の一角で開催され、終了後には、91歳の母を軽トラックの助手席に乗せ、母がこれまでリヤカーで野菜を引き売りしてきたお得意さん相手に、訪問販売しています。朝市や訪問販売でスベリヒユを昨年同様2021年も6月17日から売っています。12号のビニール袋に300g、たっぷりとスベリヒユが入った一袋が100円です(写真2)。味に癖があるということと、草(雑草)というイメージが強いので、なかなか購入してもらえませんが、リピーターも何人かでてきています。私はスベリヒユを「新しい野菜」として定着させたいと考えています。2015年に都市農業振興基本法が施行され、日本政府も都市農家、都市農業の役割を再評価しています。都市住民が農業や農的暮らしの驚き、新鮮さ、多様性を実感することを通して、農業が今も重要な生業の一つである日本の過疎地域や、農村人口が多数である発展途上国に関心を抱いてもらいたいのです。雑草のスベリヒユを野菜として販売する。これほどインパクトのある話はそうそうありません。この発想はバングラデシュの「摘み菜文化」から得ました。

摘み菜(シャークShak)文化

写真 2 スベリヒユの朝市での販売
(2021 年 6 月 17 日)

子供や女性たちが乾季にキャベツ、カリフラワーなどが植わっている野菜畑、道路の堤、灌漑用水路に生えた雑草をせっせと摘んでいるタンガイル県ドッキンチャムリア村の日常の風景が思い出されます。長期派遣専門家として参加したJICAの農業・農村開発研究協力プロジェクト(1986年5月から1990年7月)で、私はダッカではプロジェクトの事務調整全般を行い、その合間をぬって時間の許す限りこの村に宿泊、日帰りで調査に出かけていました。雑草摘みは乾季だけではなく雨季にもよく行われていました。屋敷地などではBhul khul shak(ホナガイヌビユ)、Denkhi shak(イノモトソウ属の一種)、Gima shak(ザクロソウ科グリナス属の一種)、Karkon shak(ミツデハンゲ)、この他に、田畑では雨季のKolmi shak(ヨウサイ)、年間を通じて摘まれるHenchi shak(和名、学名不詳)、そして、スベリヒユもこの村でもよく食材として利用されています。村の友人の話ではスベリヒユは大変好まれているそうです。スベリヒユは乾季(冬)の畑雑草で、Baita shakと呼ばれています。葉物野菜にもシャークという名前がついています。例えばアマランサスはラールシャーク、アオビユはダタシャークと呼ばれます。若い茎葉や葉を食べることができる雑草や野菜はベンガル語ではOOシャーク(Sakaとも表記されます。ただしaは弱く発音されます)なのです。スベリヒユの料理方法は、摘んできたら水洗いをして、鍋に油をひいて、タマネギ、ニンニク、アオトウガラシと一緒にいためて、蓋をして炒めたときにでる汁で蒸し煮して出来上がりです。この調理法が、野菜、雑草を問わず村でのシャーク料理の一般的な方法です。村に滞在中、私はシャーク料理が楽しみでした。氾濫原に立地するドッキンチャムリア村では、雨季には湛水を利用した水田で稲やジュートの栽培が、乾季には水がすっかりひいて畑状態となった水田でナタネの栽培が盛んです。ジュートやナタネの若葉、家庭菜園的に栽培されるサトイモの葉、ユウガオのシュート(若い茎葉)もシャークとして好んで食べられています。
カレーがバングラデシュの主な料理であることには違いないのですが、シャーク料理もなくてはならない一品なのです。シャークはサンスクリット語源をもつ言葉のようです。英語―サンスクリット辞典によればVegetableの説明で、Edible Plantとして補足されてShaka(シャーカ)、もしくはShada(シャダ)と説明されています。ただし語末のaはサンスクリットではベンガル語同様弱く発音されます。恐らくサンスクリットでもシャークのように聞こえたのではないかと思います。古くから食べられる野草(雑草)をシャークといい、摘んで食べていたのではないかと私は考え、シャークを「摘み菜」と表現してみました。ネットで検索すれば明らかなように、雑草の「摘み菜」利用はバングラデシュでは現在でも日常の食卓を支える食文化なのです。

スベリヒユを食べてみませんか
スベリヒユ(学名Portulaca oleracea)は1年草、日本では生育期間3~10月、畑地、樹園地、桑園の夏草の代表的な強害草。種子繁殖します。強害草のイメージが強いためか販売していても、「これって畑や道端に生えている草でしょう。食べられるの?食べるの?」とよくお客さんに尋ねられます。学名が示しているように、ベランダ、花壇などに植わっているポーチュラカと同種の植物です。ポーチュラカの花は3 ㎝くらいで、赤、ピンク、紫、黄色などとりどりですが、強害雑草のスベリヒユは0.5㎝前後の小粒の黄色い花をつけます(写真1)。ポーチュラカはハナスベリヒユまたは花ポーチュラカともいい花を楽しみます。ポーチュラカを知っているお客さんは「これ見たことがある」と反応します。しかし、皆さん、スベリヒユやポーチュラカが世界では野菜であり、摘み菜で

写真 3 栽培しているスベリヒユ(左端の畝)(2021 年 8 月 16 日)

食する「雑草」であることに意外な顔をされます。私は、こうした誤解をとくために朝市で宣伝チラシを配布しています。テレビやインターネットでも紹介されているようにスベリヒユは抗酸化物質やオメガ3脂肪酸を多く含んだ話題の雑草で、山形や沖縄では食文化として定着していることや、アジアやヨーロッパ諸国では野菜の他に薬草として利用されていること、そして何よりもお客さんの雑草というバイアスを払拭するために、スベリヒユを野菜として栽培している写真を載せています(写真3)。スベリヒユは、現在でこそ強害草ですが、日本でも古代から食材であったことが知られています。『日本の野菜文化史事典』には、スベリヒユは万葉集にも掲載されている古典野菜で、平安時代には山菜利用の記録が残されていること、江戸時代には栽培されていたことが紹介されています。日本では「摘み菜文化」としてスベリヒユは消えつつありますが、バングラデシュでは今も現役です。バングラデシュの文化的豊かさの一つは「摘み菜文化」が食文化を支えていることなのです。日本では趣味の領域に押し込められてしまいましたが、雑草の食材利用である「摘み菜文化」は、在地の知恵がいかんなく発揮された生きる工夫です。雑草の「摘み菜文化」は、世界、アジア諸国、各地域で、農のある豊かな暮らしを共時的に発展させてきたことでしょう。スベリヒユを食べて、人が自然に抱かれ共時的発展をしてきた農業、農村の驚きと新鮮さを実感してください。私のおすすめ調理方法は、一度しっかりと茹でてシュウ酸を抜き、ちくわを入れた酢味噌和え、味噌汁の具、納豆にいれて食べることです。バングラデシュのシャーク料理も絶品だと思います。

 

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