日本バングラデシュ協会 メール・マガジン107号(2022年11月号)巻頭言:『稲とダンとアマール・ショナール・バングラ』 京都大学東南アジア地域研究所連携教授 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会の皆様へ 
■目次 
■1)巻頭言:『稲とダンとアマール・ショナール・バングラ』
                                   京都大学東南アジア地域研究所連携教授
                                   会員 安藤和雄          
■2)国際エンゼル協会の40年をふりかえって(前編)
                                   特定非営利活動法人
                                   国際エンゼル協会 代表理事
                                   東村眞理子
■3)ベンガル人も「行ったことない・よくわからない」という謎多き (!?) チッタゴン丘陵
-その3: チッタゴン丘陵の食生活・祭り・土地をめぐる争いー
                                   NPO法人WELgee 代表
                                   渡部カンコロンゴ清花
■4)理事寄稿: 『IT人材の交流で日本とバングラデシュはさらに強固な関係を築ける』
                                   (株)Kaicom Solutions Japan社長
                                   理事 ダス・アンジャン
■5)理事紹介:ベンガル語:丹羽京子さん(第2回)
  ―白水社 外国文学翻訳者インタビュー-
■6)イベント、講演会 
■7)事務連絡
■8)『読者のひろば』
 ・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■9)編集後記


■1)巻頭言『稲とダンとアマール・ショナール・バングラ』
                                   京都大学東南アジア地域研究所連携教授
                                   安藤和雄
秋に稲を収穫する
 9月26日から4日間をかけて今年(2022年)の稲刈を終え、30日には乾燥・籾摺り業者の作業所から息子と二人で軽トラに玄米をのせて自宅に運びました。黄金の稲穂が広がる稲田は豊かさを見る者に与えますが、稲を栽培している私は玄米を手にした時に、「今年も米がとれた」という充実と安堵の感情が体の芯から湧きあがってくるのを実感します。そして、「今年も平穏に終わることができた」という感謝の気持ちにつつまれるのです。稲の収穫は、一年よく頑張ったご褒美であり、区切りなのです。しかし、稲作農家一般は、新米を日常食には大抵はしません。昨年とった古米を食べ、新米は備蓄しておきます。来年の収穫が保証されているわけではないからです。きっと、私のDNAに受け継がれた農民としての感性が、玄米を手にした時の感情に現れているのでしょう。
今から2000年前の弥生時代には、北海道を除く、日本の各地で稲が栽培されていたといいます。100年前までは日本人の大多数は農民であったことから、稲の収穫を秋に結びつける特別な感情が日本に育ってきたように思います。秋の語源の一つに「収穫がア(飽)キ満チルの意」(広辞苑第四版)とあるように、まさに、収穫期を迎えた稲田は秋そのものの風景であり、豊かさと安堵の象徴であり続けてきました。日本の秋は暦上9月から11月までで、二十四節気では立秋から立冬のはじまる前日までです。秋には日本の各神社で「秋の大祭」が行われ、稲の収穫を祝い、神に感謝し、喜びを分かちあいます。

国歌「アマール・ショナール・バングラ(我が黄金のベンガルよ)」を口ずさむ
 収穫前の秋の稲田は米を主食としてきたバングラデシュの人々にとっても特別です。それはバングラデシュの国歌の中にも読み取ることができます。私は、ベンガル語で、バングラデシュの国歌「アマール・ショナール・バングラ(我が黄金のベンガルよ)」の一番をよく口ずさみます(下記)。タゴール作のこの詩は声を出してうたうと、心に、優しさ、寂しさ、が芽生え、時には、涙がでます。生きている喜びの率直な気持ちが湧いてくるのです。吟遊詩人バウルによる、この曲のベンガル固有の旋律がそうさせるのでしょう。詩の意味をより一層表現します。「アマール・ショナール・バングラ」が私は好きで、好きでたまりません。口ずさむことで生きる感謝と勇気をもらうのです。「アマール・ショナール・バングラ」を国歌として口ずさめるバングラデシュの人々の幸せを思います。YouTubeで「バングラデシュ国歌」を検索し、ぜひ私の聞き取ったカタカナ表記を参考にして一緒にうたってみてください。その旋律と詩歌の雰囲気をぜひ味わっていただきたいのです。
   
   アマール・ショナール・バングラ (YouTube国歌の合唱からの聞き書き)

アマール ショナール バングラ、アミ トマーイ バロバシィ イー
チロディン トマール アカーシ、チロディン トマール アカーシ トマール バターシ、
アマール プラネ、オ マ、 アマール プラネ バザイ バシ、ショナール バングラ
アミ トマーイ バロバシィー
オ マ、ファルグネ トール アメール ボネ グラネエー パゴール コレー エー エー、
モリ ハーイ、ナイ レー、オ マ ファルグネ トール アメール ボネ グラネェー パゴール コレー エー エー、 
オ マ、オグラネ トル ボラ ケテ アミ キ デキチ
アミ キ デケチ モドゥール ハシ、ショナール バングラ
アミ トマーィ バロバシー

「わが黄金のベンガルよ」(原文からの和訳)
わが黄金のべンガルよ、あなたを愛します。
あなたの空、あなたの風、とこしえにわが心深くひびく笛の音。
母よ、ファルグン月(春季)にマンゴーの森にみちる香しさ
いのちくるおしいほど
母よ、オグラン月(秋季)の実り豊かな稲田に何という甘美なほほえみ。
(内田眞理子 訳『わが黄金のベンガルよ』(未知谷、2014:8)
「わが黄金のベンガルよ」に読み取る稲作文化
 詩の中で重要な役割をしているのが、マンゴーの香と、たわわに実った稲(ダン)です。タゴールはきっと、マンゴーと稲に魅せられていたのでしょう。バングラデシュの村で一年を通じて生活した経験のある人であれば、だれもが、このタゴールの驚きの実感に共感をもたれるのではないでしょうか。冬が終わりをつげ気温もあがる春ファルグン月(2月中旬~3月中旬)にはマンゴーの白い花と強いここちよい香りが漂います。雨季があけて乾季に入ると、収穫を待つアマン稲の稲田が視野のすみずみまで圧倒的に広がる豊かな農村景観が現れます。稲を日本人同様に特別視したくなる気持ちが痛いほど伝わってきます。まさに、黄金色(ショナール)にベンガルデルタの大地を覆うのです。ショナールは黄金とともに、大切な、貴重なという意味がこめられたベンガル語でもあるのです。
 詩にでてくるオグラン月とはベンガル暦のオグラハヨン月(11月中旬~12月中旬)です。伝統的には、ポウシュ月(12月中旬~1月中旬)との2ケ月間が稲刈りのピークです。ベンガルの六季で霜季の後半から冬季の前半に相当しています。秋季は、バッドロ月(8月中旬~9月中旬)とアッシン月(9月中旬~10月中旬)で、秋季には伝統的な稲の収穫はほとんど行われません。秋季はŚaraṯkālaとベンガル語でいいますが、語源的には稲とはどうも関係がなさそうです。アマン稲の収穫がどれほどバングラデシュの文化として重視されているかは、ノバンノ(Nobānno)と呼ばれる収穫祭がバングラデシュ、西ベンガルの各地でアマン稲の収穫を祝うようにオグラハイン月に開催され、ノバンノには新米の粉でつくったホームメイドのピタがつきものとなることからわかります。歌、踊り、食事で収穫の喜びを皆で分かちあいます。説明は省きますが、農家の個人的な行事としてバングラデシュの村の一部では、35年くらい前までは、ダネール・ビッチャットとよばれる収穫儀礼が行われていました。私はフィールドワークで実際に見ています。

稲には神が宿っている
1984年のアマン稲の収穫期のことです。私はノアカリ県のS村で村の知り合いの家でホームステイをしてフィールドワークをしていました。当時、稲の脱穀は、水田に牛糞を土とまぜて塗って表面を固くした場所や屋敷地の中庭で行われていました。収穫された稲を敷いて、牛を数頭ロープでつなぎ、稲の上を牛に歩かせて、稲穂を踏ませるのが一般的でした。私もその作業を体験したいと、数頭の牛追いをしたのですが、その時、その屋敷地に住む私が世話になっていた友人の弟の妻(30歳前後)から「ゴム草履を脱ぎなさい。ロッキー(幸運の神)をゴム草履で踏みつけちゃだめだ」と叱られました。私がお世話になった家族は皆、モスリムです。ロッキーはたしかに、ヒンズー教のロキシミー(Lakshmi吉祥天)を連想させますが、私は、稲には神が宿っているという素朴なバングラデシュ農民の心が彼女にそう言わしめたのだと思い起こしています。たしかに、私の友人たちも皆素足でこの作業をしていました。
バングラデシュの農民にとっても、日本の農民にとっても、稲は神聖で、豊かさを実感させる特別な作物であるようです。それが、文化の基底にあり、こんなところからもバングラデシュの人々と日本の人々は理解し合えることが多いと私は思っています。

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