日本バングラデシュ協会 メール・マガジン113号(2023年3月号)巻頭言:『ミミズ堆肥(ケチュ・シャール)をつくる村の女性たち』 京都大学東南アジア研究所連携教授 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会の皆様へ
■目次
■1)巻頭言:『ミミズ堆肥(ケチュ・シャール)をつくる村の女性たち』
                                   京都大学東南アジア研究所連携教授
                                   会員 安藤和雄
■2)寄稿:『 手を差し伸べるから「手をつなぐ」関係への』道のり(後編)~巣立ちにむけて~』
―NGO/NPOシリーズー
                                   バングラデシュと手をつなぐ会
                                   事務局スタッフ
                                   山田英行
■3)理事寄稿:『バングラデシュを愛する妄想が膨らむ』
                                   理事/事務局次長
                                   野村雅之
■4)理事紹介:『ベンガル語:丹羽京子さん(第4回)
-白水社 外国文学翻訳者インタビュー』
                                   東京外国語大学大学院教授
                                   理事 丹羽京子
■5)イベント、講演会
・丹羽京子教授最終講義「黄金の双子のベンガル~その詩的表象」 (3/18)
・シャプラニール発足50周年を記念福澤郁文作品展:Kahal Award & Exhibition (3/18)
・第42回講演会のご案内(2023年3月21日(火祝)14時00分~)
■6)事務連絡
■7)『読者のひろば』
・メルマガ1月特別号と2月号各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■8)編集後記

■1)巻頭言:『ミミズ堆肥(ケチュ・シャール)をつくる村の女性たち』
京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

コロナ禍明けのバングラデシュ
私が通いなれたバングラデシュのタンガイルの村や街を2023年1月の下旬に3年ぶりで再訪しました。宿泊はタンガイルの街のゲストハウスでした。街では男性たちはほとんどマスクをはずし、女性たちがマスクをしていました。ムスリムの女性たちだと思います。女性はむやみに顔や肌をさらしてはいけないというポルダの影響でしょうか、同調圧力なのでしょうか。しかし、街は話声に溢れ、活気づいていました。コロナ禍が明けたら日本の街もこうなって欲しいと願わずにはおれませんでした。
ミミズ堆肥(ケチュ・シャール)との出会い

AAN(アジアヒ素ネットワーク)の石山民子さんたちがジナイダ県で行っている農業関連事業活動のスライドを2022年12月下旬にインターネットのZoom会議で見せていただきました。その中の一枚に、女性が手で堆肥をすくってもっている写真に目がとまりました(写真1)。このスライドが今回のバングラデシュ行きを決定させたのです。「これはミミズでつくった堆肥で、村の農家の女性が販売しています」との説明でした。
堆肥は日本でもお金になります。ホームセンターに行けば、培養土や堆肥が15㎏や20kgの袋詰めで売られています。家庭菜園で無農薬や減農薬、有機栽培で野菜をつくることを楽しみにしている人たちにとっては手軽に購入できる堆肥は大変重宝します。この一枚のスライドは、日本と同じようにバングラデシュでも堆肥の売買が盛んになっているらしいこと、それも村の農家の女性たちがつくって、現金収入源にしているのです。新鮮な驚きでした。やはり女性なのだ、とも思いました。
バングラデシュは人口の9割近くがモスリムで、男性優位とも思われがちな社会や文化の国です。しかしイスラム神秘主義の伝統とバングラデシュの文化風土、NGOの後押しが影響してなのか、女性の存在が際立っています。グラミンバンクの成功も女性の存在抜きには語れないでしょう。タンガイルの村々ではちょうど乾季稲の苗取が行われていて、女性たちがしっかりと屋外の苗床で働いていました。私の知る限り、小農では、家族内での母や妻の発言力は決して小さくありません。母や妻は機会があれば現金収入で家族を支えようとします。それがすっかり根付いているようです。コロナ禍で私が日本で内向きに暮らしている間に、バングラデシュの農村で私の知らなかった新しいうねりが起きていると直感しました。自分の目でみて、女性たちに直接話を聞いてみたい。フィールドワーカーの虫が疼いたのです。

タンガイル県でのSSSの普及対象農家と農業再生の息吹
インターネット「テレビ電話」で連絡を日頃からとっているアッケルさんにミミズ堆肥(ケチュはミミズ、シャールは肥料という意味ですが、堆肥と訳しています)のことを尋ねると、「私たちのプロジェクトでもやっている」との返事でした。アッケルさんは、タンガイル県を拠点としているNGOの SSS(Society for Social Service)の農業部門で働いています。2014、15年頃からSSSでもミミズ堆肥に取り組んでいるとのことでした。SSSはミミズ堆肥プロジェクトをタンガイル・ショドール・ウポジラ(県庁所在地の郡)とモドプール・ウポジラで主に展開しています。いずれも雨季に湛水をうけることのない耕地での野菜や果樹の栽培が盛んな地域です。私は二つの地域でモスリムの7軒の農家を訪ねることができました。SSSが普及し、バングラデシュで一般的に行われているミミズ堆肥は、半発酵させた牛糞をミミズ(シマミミズの仲間)に食べさせます。ミミズの糞が堆肥となります。ミミズ堆肥は製造元の農家では1㎏12タカで売られていました。7軒のうち3軒が小農で女性がミミズ堆肥を小規模につくって販売していました。
男性にインタビューした1軒の農家の様子です。2~3年前に50歳で、月給4~7万タカもらっていた製薬会社を脱サラした、ダッカ大学大学院修士号(理学)をおさめた高学歴の男性で、モドプールでミミズ堆肥を大規模につくっています。月平均15トンの生産で約18万タカの販売実績をあげています。ミミズ堆肥の他にグワバなどの果樹を、すべて借地で農業経営をしています。製薬会社時代の給与と遜色ないと説明してくれました。聞き取りを行った農家の他の男性は、自分でミミズ堆肥をつくって、野菜栽培や果樹栽培に利用していした。農業を魅力的な生業として再生しようとしている息吹を強く感じたのです。

ハリマさんのミミズ堆肥づくり

訪問した女性の一人ハリマ・カツンHalima Khatunさん(34歳、クラス10修了)は、2015年に商業的なミミズ堆肥の生産と販売をSSSの支援で開始しました。商業的生産を開始するにあたって、義理の父、夫の猛反対を受けたのですが、アッケルさんらの説得もあり、開始することができたといいます。ミミズを扱うことは実はバングラデシュではあまりよく思われていないのです。

彼女は月平均5トン生産し、約6万タカを売り上げています。夫(37歳、クラス9修了)も服や布の商売を止め、7年間サウジアラビアで働いて2ケ月前に帰国した弟(26歳、クラス10卒業試験合格)とともに、1.5エーカー(約60アール)の耕地での稲、ジュート、菜種や野菜栽培と、ミミズ堆肥づくりを行っています。牛糞を得るために、5頭の牛(2頭乳牛、2頭雌の子牛、1頭雄牛)を舎飼いしています。牛舎は大変きれいで、蚊よけと、暑さ対策のために天井には扇風機もとりつけられていました。牛糞が足りないので、雨季に一袋50㎏/50タカの生牛糞を150袋購入しています。乾季、農家は牛糞を乾かして燃料であるゴシー(写真3)を作るので雨季のみ購入となります。彼女の家が国道沿いにある利点をいかし、4ケ月前から屋敷地でコーヒーショップをはじめ、コーヒー、紅茶、ホームメイドの菓子を売って、生業の多角化をはかっています。彼女は15~16名の近村の女性たちにもミミズ堆肥づくりを教えています。

バングラデシュの自然と文化が作り出す女性参加のミミズ堆肥づくり

日本にもミミズ堆肥はあります。ただし家庭の生ごみ処理が主な目的となっています。ホームセンターで販売されるようには一般的とはなっていません。タンガイルの街では、農薬や化学肥料を扱っている農業資材店で、有機肥料5㎏袋140タカとともに1㎏袋20~30タカで販売されていました。野菜の種子屋さんで出会った街に住む女性は、屋上で野菜をミミズ堆肥利用により栽培していると言っていました。
インターネットで過去の新聞記事などを含めて検索すると、牛糞を材料としたミミズ堆肥はバングラデシュでは珍しくなく、モドプールの農家のような大規模な生産農家に関する記事も読むことができます。バングラデシュでミミズ堆肥づくりが盛んなのは、冬の低温でミミズの極端な活動低下がないこと、豊富な牛糞が村で今も得られることにあると思います。耕耘機、ベンガリと呼ばれる荷物運搬用のリキシャなどが普及し役牛の数は激減しましたが、牛糞を干して燃料とすることや、乳牛の舎飼い、イスラムの感謝祭のクルバニ・イードで雄牛が供物として高価に販売できることから、まだまだ牛は必要とされ、牛糞からつくるミミズ堆肥づくりは十分に魅力的な生業ともなっているのです。自然と文化のサイクルにうまく適合しているのでしょう。また、牛糞は貯めこんでも問題なく、腐れば(発酵)、ミミズの餌としては好都合であること、出来上がったミミズの糞の堆肥も貯蔵して発酵しても肥料とするのであれば好都合です。野菜や牛乳のように保存がきかないものではないこともミミズ堆肥が広がる理由にはあるようです。ミミズ堆肥づくりは、半発酵牛糞をコンクリート製の枠に入れ、ミミズに食べてもらいます。乾燥しないように週に一度くらい水をまき、軽くかき混ぜたりして、一ケ月ほど寝かせます。糞を篩にかけて糞とミミズを分け、糞を袋詰めします。これに牛舎の掃除や搾乳、餌やりが仕事となります。家庭菜園や家事などで忙しい女性にとっても十分にこなしていくことができるのです。
ミミズ堆肥つくりは女性労働との親和性が高く、バングラデシュに特有の現象かもしれませんが、それを支えているのは逞しい女性たちの家計を支えたいという気持ちだということも確かなのです。こんなところにも日本の私たちは何かヒントが得られそうだと思います。

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