日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(148) 2026年2月号 巻頭言:巻頭言:『ベンガルとは何か(前編)』 日本バングラデシュ協会 監事 村山真弓

■目次  
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■1)巻頭言:『ベンガルとは何か(前編)』
                      日本バングラデシュ協会 監事
                      村山真弓
■2)『バングラデシュ総選挙速報』
                      ともしびアカデミー校長 
                      下澤 嶽
                      惠泉女学園大学名誉教授 
                      大橋 正明
■3)『総選挙所感』
                      日本バングラデシュ協会 会長
                      渡邉 正人
■4)寄稿:『バングラデシュとのご縁、そしてこれから』
                      元丸紅ダッカ支店長・ 国際大学 理事長補佐
                      佐野 智哉
■5)寄稿:『焦らず・驕らず・諦めず』
                      JICA海外協力隊
                      サッカー隊員 田口 海
■6)『イベント情報』
■7)『事務連絡』
■8)『読者のひろば』
・メルマガ1月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■9)『編集後記』

■1)巻頭言:『ベンガルとは何か(前編)』
                      日本バングラデシュ協会 監事
                      村山真弓

バングラデシュの国名は「ベンガルの国」を意味する、これは、私たちがバングラデシュについて、最初に知ることの一つです。また、住民の9割がイスラーム教徒で、ベンガル人か、イスラーム教徒かという二つのアイデンティティ(この二つに収れんさせること自体、それ以外の宗教やエスニック・アイデンティティの周縁化に繋がるという問題があります)が、東ベンガル、東パキスタン、バングラデシュの歴史を作って来た事もよく知られています。
とはいえベンガルとは何かということについて、私はあまり考えたことがありませんでした。昨年2025年の9月13日に亡くなったバングラデシュの国民的歌姫「フォリダ・パルビーンさんを偲ぶ会~ベンガル文化の夕べ」というイベントが11月に開催され、共催団体会員の一人として、「ベンガル文化」について調べることになりました。

エスニック集団としてのベンガル人
そもそもベンガル人とは、ベンガル語を母語とする人々のことです。地図が示している通り、バングラデシュとインドの西ベンガルを中心に、インド・アッサム州、トリプラ州にも多くのベンガル人が住んでいます。一説によれば、漢民族、アラブ民族に次ぐ大きな民族集団だそうです。バングラデシュ国民の97%を占める約1億6800万人(2022年センサス)、インドでは、ベンガル話者人口が約9700万人(2011年センサス)なので、少なく見積もっても2億6500万人がベンガル語を母語としています。ちなみにインドではヒンディー語が最も多くの人々に話されています(2011年で約5億2800万人)。ヒンディー語話者と、イスラーム教徒の話すウルドゥー語話者をあわせて「ヒンドゥスタニ」という呼び方をすることもありますが、これは文化や歴史を共有するという意味での固有のエスニック・アイデンティティではありません。インドにおいてベンガル語話者数はヒンディー語に次ぎ2番目です。その意味では、ベンガル人はインドにおいても最大のエスニック集団と呼んでもいいのかもいれません。

ベンガル文化の起源
 エスニック・アイデンティティを構成する要素は幾つかありますが、中でも重要なのが、共有する文化、歴史があることです。ここでは文化について考えてみます。
ベンガル語はインド・ヨーロッパ語族の一つで、儀式の多くはインド全体に見られるものと共通しています。他方、コメを主食とし、ターメリック、檳榔樹の実・葉を利用したり、サリーのような縫製されていない布を衣服にしたりといったことなどは、南インド、東南アジアとの類似性があります。このように隣接地域との共通性を持ちつつも、ベンガル文化の特徴は何かということなのですが、文化が生まれる条件とは何でしょうか?
「アジアティック・ソサイエティ(Asiatic Society)」という、東インド会社がインドを支配していた時代、1784年に東洋研究の拠点としてカルカッタに設立された団体があります。1947年のインド・パキスタン分離独立後、1952年に東パキスタン版Asiatic Societyが設立され、バングラデシュ独立を経て現在も活動しています。そこが2000年代半ばにバングラデシュの文化の特徴に関する研究プロジェクトを実施しました。2007年に出版されたバングラデシュの文化史によれば、文化を形成する要件は、第1に地理的条件、第2に人びと、第3に歴史だと述べています。

ベンガルを形成した地理的要因
最も大きな影響を与えているのが地理的条件です。ベンガルは、ヒマラヤから流れ出た水が幾つもの河川を作り、土を運び、出来上がったベンガル・デルタとほぼ同一の地域です。ベンガルの外縁には、東部、西部、北部に丘陵とかつては深い森が広がり、南はベンガル湾といった自然の障害物があることによって、ベンガルは地域としての一体性と独自性を古代から持っていたと言われています。
政治権力が台頭してもその一つ一つは小さく、しかも多数生まれ、衰退していきました。また北インドのより大きな政治権力によるベンガル地域の統合の度合いは低く、長く政治的な独立性を保っていました。
土壌が肥沃で、食糧生産が比較的容易であったことは、生産者に余暇を与え、人びとを文学や哲学的思索に向かわせることになりました。豊かな自然、とりわけ多数の河川が人々に与えた影響は、神秘主義への傾倒と同時に、物質的世界への無関心さという傾向をもたらしたとも言われています。
フォリダ・パルビーンさんの歌
バングラデシュに行かれた方は、どこかでお耳にしたことがあるかもしれません。冒頭に述べた故フォリダ・パルビーンさんが歌ったバングラデシュの主要河川、ポッダ川(ガンジス川),メグナ川、ジョムナ川(ブラフマプトラ川)、シュルマ川の名前で始まる歌「エイ ポッダ、エイ メグナ」(アブー・ジャフォル作詞・作曲)は、川の国バングラデシュの風土と、そこに生きる人々の思いを象徴する歌の一つです。ゆったりと甘いメロディーを聞くと、バングラデシュの豊かに優しい自然と人びとを思い出し、旅心が動きます。ぜひ、聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=DoSWxPDBnT0

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