日本バングラデシュ協会 メール・マガジン131号(2024年9月号) 巻頭言:『ベンガルの大地を描くこと1 ― S.M.スルタン』 福岡アジア美術館 学芸員 会員 五十嵐 理奈
■目次
■1)巻頭言:『バングラデシュにおける政治的変革』
日本バングラデシュ協会会長
渡邉正人
■2)寄稿:『今、チッタゴン丘陵地帯を問うこと』
静岡文化芸術大学名誉教授
下澤嶽
■3)会員寄稿:『クオータ制をめぐる抗議活動の記録と所感』
在バングラデシュ日本国大使館
外交官補 吉沢敬太
■4)書籍紹介:モンズルル・ホク著『Amar Japan Jiboner Smrity(日本での人生の記憶)』
日本バングラデシュ協会会員
渡辺一弘
■5)『イベント情報』
■6)『事務連絡』
■7)『読者のひろば』
・メルマガ8月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■8)『編集後記』
■1)巻頭言:『バングラデシュにおける政治的変革』
日本バングラデシュ協会会長
渡邉正人
8月5日、バングラデシュ首相の座にあったシェイク・ハシナ氏の退陣を求めるデモ隊が首都ダッカの中心部に押し寄せる中、同氏は首相公邸からヘリコプターで退避し、その後インドに脱出しました。その直後にワケル・ウズ・ザマン陸軍参謀長がハシナ首相が辞任した旨及び暫定政府が樹立されることになる旨発表しました。
8月8日、デモを主導した学生代表からの要請を受け、モハマド・ユヌス氏が滞在先のパリから予定を早めダッカに戻り、暫定政権の首班格の首席顧問に就任しました。
今年84歳になるユヌス氏は2006年のノーベル平和賞の受賞者です。同氏と同氏が創設したグラミン銀行は、貧困層を対象としたマイクロ・クレジット事業を創案し、貧困層の自立基盤を支援した点において顕著な貢献が認められノーベル平和賞を授与されました。同氏は政治家ではありませんが、国民の間での人気は高く、暫定政権を率いる指導者として白羽の矢が立てられたものと考えます。
【暫定政権の成立】
発端は、1971年の独立戦争時に貢献した人々(フリーダムファイター)の子孫に30%の公務員採用特別枠を割り当てる優遇制度の存続を巡る学生による抗議運動でした。警察等との度重なる衝突が引き金となり、首相退陣を求める大規模デモに発展しました。その間、当局は抗議運動の封じ込めを目的として、外出禁止令やインターネットの遮断等の措置を断続的に導入しました。インターネットの遮断は現地において工場等を展開する日本企業等に影響を与え駐在員を一時的に国外に退避させる法人も見られました。
既に様々な分析が報じられておりますが、政権与党のアワミ連盟に権力が集中する政治体制下、種々の恩恵等から排除され抑圧を受けてきた主要野党バングラデシュ民族主義党(BNP)他の政治勢力の反感と国民の間に鬱積していた不満が巨大なマグマとして潜んでいたところに、就職難で苦しむ学生たちの抗議運動が起爆剤となり大きな力を生み出したと見られております。学生等若者を称えZ世代革命という言葉も使われました。
暫定政権の約20名の顧問(閣僚級)は、元政府高官、元軍人、法律家、学者、市民団体代表、イスラム教関係者、少数民族代表等政治家を排除した多様性に富む人選となっている中、2名の学生代表が顧問に選任されました(1名は青少年スポーツ省および労働雇用省、1名は郵便・電気通信・情報技術省の担当です)。
【暫定政権が直面する諸課題】
暫定政権は、政治的には治安と秩序の維持と民主主義の回復という課題を抱え、社会経済的には、インフレ抑制等による経済の安定化と貧困層にも配慮した成長路線の維持という課題に直面しているように思えます。司法及び治安機関の刷新、選挙制度、銀行制度等様々な改革が急務となる中、官僚組織の協力を得ることは不可欠ですが、首席顧問及び顧問の指導力が重要になります。
ユヌス首席顧問は、各国からの外交官等を前にして、グローバルな繊維産業のサプライチェーンを混乱させることは許容しないことを表明し、同国の繊維産業の重要性を強調しました。同氏は学生や市民の間に死者数百人とも伝えられる多数の犠牲者を生み出した衝突と殺戮について公正で国際的にも信頼できる調査を実施すること、ミャンマーから逃れてくるロヒンギャ難民への支援を継続すること、近い将来において自由で公正な総選挙を実施する旨、そして国内の和解を促進する旨を表明しました。
今回の政変を通じ民主主義の回復に向かう扉は開かれましたが、道のりは平坦ではない可能性があります。政変後にはバングラデシュ民族主義党が3か月後を念頭に早期の総選挙の実施を暫定政権に働きかけたと報じられました。一方で総選挙の実施前には政党の民主的改革が必要である旨の主張がメディアに掲載され、総選挙は3-4年先ではないかとの説も流れているようです。今後、民主的な政権への移行がどのように進むのかが注目されます。外交面では、ハシナ政権下において良好な関係が保たれてきた隣国インドとの間でどのような関係が構築されて行くかが重要です。
ユヌス氏は日本を幾度も訪問しており、同氏を敬愛する人々がいらっしゃると思います。私はダッカでの勤務開始直後の2015年9月、グラミン銀行のユヌス氏の執務室を訪ね面談しておりますが、国際的にも著名な存在であるにもかかわらず初対面の訪問者にバングラデシュの状況について丁寧に説明いただき感銘を受けました。バングラデシュは独立前後から様々な困難を乗り越えてきましたが、日本との友好と協力の絆はそのたびに強固なものになってきました。内外から厚い信頼を集めるユヌス首席顧問の指導力に期待し、日本としても暫定政権の優先課題に沿った形で協力の手を差し伸べていくことが重要であると考えます。暫定政権は、日本との関係を重視していること及び日本との協力関係の継続を望んでいる旨表明しております。
(ご参考)岩間公典大使とユヌス首席顧問他との会談は以下リンクからご覧になれます。
https://www.bd.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
【日本バングラデシュ協会の今後の活動】
6月29日、日本バングラデシュ協会は社員総会を開催しました。総会では理事18名、監事2名の選任が承認されました。2期4年間に亘り微力ながら代表理事会長を務めさせていただいた私も再任されました。光栄なことである一方、7月の理事会において役員の皆様のご理解をお願いしたところですが、協会の運営ではこれまで以上に役員の皆様のご協力をお願いすることとなります。
現在の役員の皆様は、バックグラウンドも世代も多彩であり、おひとりおひとりがバングラデシュにおける豊富な経験や同国に対する強い関心と愛着を有しておられます。8月以降、新たな時代に入ったバングラデシュとの間で友好親善及び交流を深めていく上で相応しい強力な顔ぶれです。そのような皆様のお力添えを得て、講演会及びメールマガジンにおきましては現地情勢にフォーカスした企画を取り入れてまいります。企業情報交換会においては、現地に進出している法人会員の皆様にこれまで以上に寄り添えるような取り組みを重視してまいりたいと思います。
現地において一日も早く平穏な日常が戻ることを祈り、日本との様々な分野での協力関係が続いて行くことを期待し、今後とも会員の皆様のご支援をお願い申し上げます。
(8月30日記)
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