日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(138)2025年4月号 巻頭言:『バングラデシュ最新映画「サバ」』 神戸女学院大学国際学部・准教授 南出和余
■目次
■1)巻頭言:『バングラデシュ最新映画「サバ」』
神戸女学院大学国際学部・准教授
南出和余
■2)寄稿:『バングラデシュ日本人学校に勤務して』
元ダッカ日本人学校校長
[平成2(1990)~4(1992)年度]
郷原実朗
■3)寄稿:『バングラデシュ勤務、チッタゴン丘陵地帯訪問を通じて思ったこと』
岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員教授
夛賀 政幸
■4)寄稿:『バングラデシュ料理に魅せられて」第二回』
バングラデシュ料理研究家
川口由夏
■5)『イベント情報』
■6)『事務連絡』
■7)『読者のひろば』
・メルマガ3月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■8)『編集後記』
■1)巻頭言:『バングラデシュ最新映画「サバ」』
神戸女学院大学国際学部・准教授
南出和余
■まずは自己紹介―私のバングラデシュとの出会い
今号より4ヶ月に一度の巻頭言を担当させて頂くことになりました神戸女学院大学の南出和余です。これまでにも何度か本通信にバングラデシュ映画についての記事を投稿させて頂いたことがありますが、今後は映画に限らず、私自身のバングラデシュとの関わりの中で、バングラデシュから学んだことを紹介させて頂ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
現在私は、神戸女学院大学国際学部グローバル・スタディーズ学科で教鞭を取りながら、文化人類学を専門にバングラデシュでの研究に従事しています。私のバングラデシュとの出会いは大学 1 年生(1994 年)の時、母校でもある神戸女学院大学の礼拝にバングラデシュから、医師であり現地で学校教育普及活動を進めておられたミナ・マラカール先生が来られて、「バングラデシュに学びに来なさい」と言われたことがきっかけです。英文学科にいて周りは欧米社会への関心が強かった中で、いわゆる発展途上国のバングラデシュに「学びに行く」ということが、偏見に満ちた当時の私には新鮮でした。
阪神淡路大震災などさまざまなハードルを経て大学3年次(1996 年)にようやく訪問が叶い、その後、大学院で文化人類学を専攻してバングラデシュでの本格的な学びを開始しました。初めて長期フィールドワークを実施した 2000 年からちょうど四半世紀が経ちますが、今でも学びの連続です。大学院での私の研究テーマは「子どもの社会化と学校教育の影響」で、北部ジャマルプール県の農村で調査をスタートしました(拙書 2014『「子ども域」の人類学―バングラデシュ農村社会の子どもたち』昭和堂)。調査を受け入れてくれた NGO の代表を務めておられた親友で恩人のアルバート・マラカール氏からは「君は何も証明しなくていい、ただバングラデシュの人たちと友だちになること、人々から愛されることに努めなさい」と言われました。今でもその教えが私のバングラデシュとの関わりの指針です。
本通信を読まれている方々の中には「四半世紀なんて序の口」という方も大勢いらっしゃるかと思いますが、私にとってはバングラデシュと出会う前より出会ってからの方が長くなり、その間 3 度の食事と同じくバングラデシュのことを考えなかった日は 1 日もない生活を送る中で、バングラデシュとの関わりが人生そのものになっている感があります。その目的が「友だちになること」というのは余りに幼稚で、バングラデシュ研究の大先輩 A 氏から「現地の役に立たない人類学者」と叱咤激励されることも自覚しつつ、バングラデシュの友人らと人生を共にしながら得た学びを、現代社会を生きるヒントとして発信していければと願っています。
■バングラデシュ最新映画『サバ』
冒頭で「映画に限らず」と言いつつ、最近のホットな情報として今回は、3 月に大阪アジアン映画祭で上映されたバングラデシュ映画『サバ』について紹介したいと思います。
◎バングラデシュ映画が大阪アジアン映画祭に新旋風を巻き起こす!
今年 20 回目を迎えた同映画祭で、バングラデシュ映画が上映されるのは 7 本目です。
第 15 回に上映された映画『メイド・イン・バングラデシュ』については本通信 2020 年 7 月号で紹介し、さらに同映画の全国公開での反響について 2023 年 4 月号でも紹介させて頂きました。神戸女学院大学国際学部(元文学部英文学科)では、この『メイド・イン・バングラデシュ』以来毎年同映画祭に協賛し、映画祭で上映されるバングラデシュ映画に日本語字幕をつけて(学生たちが英語字幕を日本語に翻訳し、南出が原語ベンガル語とすり合わせを行う)上映に協力し、さらに監督トークセッションを共催する取り組みを続けています。今年はその 6 回目となりました。これまで上映されたバングラデシュ映画には、第 15 回『メイド・イン・バングラデシュ』(『Made in Bangladesh』ルバイヤット・ホセイン監督、2019)、第 16 回『竹で稼ぐ男たち』(『Bamboo Stories』シャヒーン・ディル・リアズ監督、2019)、第17 回『地のない足元』(『No Ground Beneath the Feet [Payer Tolay Mati Nai]』モハンマド・ラッビ・ムリッダ監督、2021)、第 18 回『風』(『HAWA』メジバウル・ラフマン・シュモン監督、2022)、第 19 回『リキシャ・ガール』(『RikshawGirl』オミタブ・レザ・チョウドゥリ監督、2021)があります。加えて、本学が関わった以外のバングラデシュ映画に、『ノー・ランズ・マン』(『No Land’s Man』モストファ・サルワル・ファルキ監督、2021)があります。
◎マクスド・ホセイン監督長編デビュー作『サバ』
先月 3 月 14 日〜23 日に開催された第 20 回大阪アジアン映画祭で上映された『サバ』は、同映画祭コンペティション部門に選ばれた作品で、大阪に来る前にトロント国際映画祭(カナダ)での世界初上映を皮切りに、釜山国際映画祭(韓国)、紅海映画祭(サウジアラビア)、ヨーテボリ映画祭(スウェーデン)、ベンガルール国際映画祭(インド)で上映され、国際的に高い評価を得ています。同映画のマクスド・ホセイン監督はバングラデシュ出身で、家族の仕事の関係で UAE で幼少期を過ごし、アメリカで高等教育を受けられて、2006 年にバングラデシュに帰って短編映画やドキュメンタリー映画制作をしながらテレビ CM 制作で生計を立てて来られました。本映画『サバ』が監督の長編映画デビュー作です。
映画は、25 歳の女性サバが、交通事故で下半身麻痺となり車椅子生活を強いられる母を介護しながら、母の心臓病手術の費用を工面するために奮闘する物語です。「シングルマザーの介護をするヤングケアラーの娘」や「思いがすれ違う母娘関係」といったテーマが、社会を超えて観客の心に響きます。大阪での上映後にも多くの観客が、映画の感想として、自らの介護経験や母との関係を監督に伝えに来られていたのが印象的でした。映画祭での監督トーク(注1)によれば、本映画は交通事故で 25 年間車椅子生活を強いられていた監督の義母と、義父の他界後母親の介護に従事した夫人の経験から着想を得て、脚本は監督と夫人トリローラ・カン氏の共作です。バングラデシュでの極めて個人的な経験が、国際映画祭での上映を介して世界中の人々の生活に共鳴することは、監督にとっても驚きだったとのこと――。
◎バングラデシュ映画から学ぶ生き方
私は 1990 年代から 2000 年代にかけてバングラデシュのインディペンデント映画界を牽引してこられたタレク・マスード監督やモルシェドゥル・イスラム監督、タンビル・モカメル監督らの、バングラデシュの自然美「ショナル・バングラ」を意図的に賛美しながら人々の生き様を描くバングラデシュのアート映画が好きです(本通信 2021 年 12 月号で一部紹介)。自然そのものが発するメッセージに物語を委ねる彼らの映画は、バングラデシュの人々のシンプルで豊かな生き方を反映し、映画を観る私たちもそこから普遍的な生き方を学ぶことができます。近年のバングラデシュ映画には、その自然美から学ぶ機会が減っていると言わざるを得ません。けれども『サバ』のように、ダッカの下町でひっそり暮らす母娘の生活の中に私たちに通じる普遍的なメッセージがあり、私たち自身の物語を呼び起こす――。バングラデシュを客体的に切り離すのではなく、バングラデシュに私たちの生活を投影させる本映画『サバ』もまた、これからのバングラデシュ映画のニューウェーブを築いていくことでしょう。と同時に、やはり映画にはバングラデシュ社会や文化の要素もふんだんに取り入れられています。
字幕制作に携わった学生たちは、映画に出てくるカッチ(マトンビリヤニ)に興味津々、すっかりバングラデシュに誘われていました!
残念なのは、大阪アジアン映画祭で上映されたバングラデシュ映画のうち配給会社がついて劇場公開になったのは未だ『メイド・イン・バングラデシュ』に限られていること。映画祭での 2 度の上映以外に日本での上映機会がなく、本紙でも紹介に止まっています。バングラデシュ映画に日本の配給会社がついて、全国の映画館で皆さんに観てもらえることを願って止みません。
(注1)第 20 回大阪アジアン映画祭シンポジウム「映画『サバ』ができるまで-マクスド・ホセイン監督の挑戦」
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