日本バングラデシュ協会 メール・マガジン121号(2023年11月号)巻頭言:『耕地で野鳥と出会う』 京都大学東南アジア研究研究所 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会の皆様へ

■1)巻頭言:『耕地で野鳥と出会う』
京都大学東南アジア研究研究所
会員 安藤和雄

■2)企業寄稿:『4年間の駐在で感じたバングラデシュ市場の魅力と課題と可能性』
丸紅株式会社、インフラプロジェクト本部、本部長補佐
丸紅ダッカ支店長(2019年4月~2023年3月)
河合 光

■3)会員寄稿:『バングラデシュと留学生』
(公財)日本国際教育支援協会 理事長
会員 井上正幸

■4)寄稿:『東と西のベンガル語
-親族名称を手がかりに-』
東京外国語大学 大学院総合国際学研究科 博士後期課程
石川さくら

■5)会員寄稿:『ムジブル・ラーマンの公賓訪日(その4)
-心と心のふれあい-』
会員 太田清和

■6)講演会・イベント

■7)事務連絡

■8)『読者のひろば』
・メルマガ10月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。

■9)編集後記

■1)巻頭言:『耕地で野鳥と出会う』
京都大学東南アジア研究研究所
会員 安藤和雄

玉ねぎの苗の「田植え」にハクセキレイが現れる

ハクセキレイの顔がじっと私を見ている。手が届きそうな至近距離で、思わずスマホで写真をとった(写真1)。逃げるそぶりもない。玉ねぎの苗の「田植え」作業が珍しいのだろうか。足には玉ねぎの苗が植わる畝の間で取った小虫をしっかりとつかんでいた。
11月1日。秋晴れ。やっと朝晩は涼しくなったが、日中はまだまだ夏日である。今年で3年目となる、稲を刈り取った田での極早生(浜笑)と早生(七宝)の玉ねぎの苗を植え付けである。早朝に近くの稲荷神社の朝市で苗を購入し、2週間前には完熟鶏糞や化成肥料の元肥を入れ、畝には幅95㎝、5列の穴あきの黒マルチが貼ってある。一つの穴に葉先を切って20㎝くらいにした苗を竹のへらを使い2㎝くらいの深さに植えていく。妻、息子、友人のYさんと私で、この日に水田に4000本、畑で1000本の苗を植えた。


写真1ハクセキレイと玉ねぎ苗(安藤和雄撮影)

玉ねぎの定植は私にとっては、稲、ジャガイモと並ぶバングラデシュの氾濫原農業の名古屋への導入実践模索のための重要な農作業である。新型コロナに感染したが11月1日には7日目が経過し、抗原キットも陰性を示した。なんとか無事、例年どおり玉ねぎの田植えを迎えることができた。安堵して一本一本植えた。そんな私の気持ちに応えるようにハクセキレイが尾羽をせわしく動かしながら10分近くは私たちのまわりを歩いて見守ってくれていた。
人懐っこいハクセキレイほどではないが、水田や畑での農作業、とくに、耕耘機やトラクターで土を掘り起こして砕く作業の時には、ムクドリ、ハト、カラスもハクセキレイとともに近くまで飛来してくる。土の中からでてくる動物を狙っているのである。カラスを恐れるのかスズメはこうした仲間には加わることは少なく、別に餌をあさりにくることが多い。バッタや小さな昆虫やミミズなどを十分に捕まえることができる春から晩秋までは鳥たちは害虫を駆除してくれるので大歓迎であるが、冬の厳冬期、私の住む名古屋あたりでは、早ければ12月に入るとキャベツ、小松菜、白菜、ブロッコリーの葉などが集中的にムクドリやヒヨドリの被害にあう。稲の収穫期のスズメもそうである。
ムクドリやスズメ、ヒヨドリを追い払ってくれるのが猛禽類の鳥であり、雑食性のカラスである。めったにはお目にかかれないが、庄内川の河川敷の畑ではハヤブサ、オオタカが出現した日には、野菜の害鳥は姿を消す。猛禽類となる冬のカラスも恐れられている。冬の野菜畑や稲の収穫期に黒いビニールを何本も水田や畑にたてておくとカラスと見間違えて、ムクドリ、ヒヨドリやスズメが寄りつかなくなる。早春の水田での耕耘では、カラスがカエルを嘴でほじくりだす。カラスは狩りの名人でもあり、コンバインでの稲の収穫時に飛び立つバッタを上手に空中で捕まえる。ハトが襲われることも珍しくない。ハクセキレイはカラスが怖くないのだろうか、ハクセキレイやカラスは単独行動が多いのだが、ムクドリやハトは数羽から数十羽が群れとなることが多い。トラクターやコンバイの運転の手を止め、餌をついばむ鳥たちを観察する。農作業のほっとする楽しみのひと時である。

バングラデシュの益鳥と野鳥に託した知恵

バングラデシュの農村でも田や畑の耕耘時には同じような風景が展開する。私が通っているタンガイル県D村でよく見かけたのは、現地名がモイナと呼ばれるムクドリに似たインドハッカ(写真2、3)、そして、シャリックと呼ばれている真っ黒で尾羽が長く先が二つに割れている、和名、オウチュウである(写真4)。ネットなどの情報では、オウチュウはまれに日本でも迷鳥、渡り鳥として観察できるという。東南アジアや南アジアに多く生息する鳥である。バングラデシュの農村ではインドハッカとオウチュウは害虫を捕えてくれる益鳥で、稲が育つ水田で設置された竹や木の枝などの鳥の止まり木とそこに止まっているオウチュウをよく見かける(写真4)。農業普及局でも推奨している害虫防除方法である。この他にもバングラデシュの氾濫原に立地するD村の水田では、サギ、そして、今ではほとんど見かけることもなくなった現地名がチールと呼ばれるシロガシラトビ(写真5)が一般的である。見上げれば1.5mはある翼幅の影と白い頭部を青空にくっきりと認めることができる。大空を悠々と舞うシロガシラトビにBrahminy kite(高貴なトビ)の英語名がつけられているのを納得する。


写真2乾季稲作の耕耘作業とインドハッカ(安藤和雄撮影)

写真3インドハッカ(大西信弘撮影)

大型の野鳥はその存在感に圧倒され、人はその存在に何かしらの特別な意味を読みとろうとしてきた。D村近辺では、シロガシラトビの他にも大型野鳥はショクンと呼ばれるハゲワシである。今ではほとんど見かけないが、野生動物や牛などの死骸があるとどこからともなく集団で飛来してきていた。大型の野鳥が姿を消しつつあるのは、屋敷地の森や以前にはよく見かけた個人の所有ではなく荒蕪地のカーシ地や、乾季の灌漑稲作の普及で餌となる小動物、昆虫、カエル、魚などの減少が影響しているからであろう。バングラデシュの村々でも開発が進めば最初に姿を消すのが大型の野生動物である。
D村出身のアッケル・アリさんが気になる諺を紹介してくれた。正義がなくなり不正が横行するとその地域からシロガシラトビとハゲワシが姿を消す、のだそうだ。なぜシロカシラトビやハゲワシなのか深い意味は伝え聞いていないそうだ。しかし、今日の日本、バングラデシュや世界の政治状況を考えると、D村近在の人々が、圧倒される自然の象徴の一つとして、シロガシラトビとハゲワシを素朴に敬い、社会の不正、正義の不履行を戒めたのだろう。D村の人々の諺に託した知恵である。
(謝辞:バングラデシュの鳥の同定や写真について京都先端科学大学の大西信弘教授にはご協力をいただいた。記して感謝します)


写真4 左 竹の枝にとまるオウチュウ(安藤和雄撮影) 右 オウチュウ(大西信弘撮影)

写真5 空を飛ぶシロガシラトビ(大西信弘撮影)

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