日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(145)2025年11月号 巻頭言:『ボロ・ミヤがブートとジンに出会った話』 京都大学 東南アジア地域研究研究所 安藤和雄
■目次
■1)巻頭言:『ボロ・ミヤがブートとジンに出会った話』
京都大学 東南アジア地域研究研究所
安藤和雄
■2)寄稿:『バングラデシュとの縁 〜8年間の赴任経験とつながり(後編)』
会員
田部 元太
■3)寄稿:『通信でつなぐ安心――KDDIダッカ支店長より』
KDDIダッカ支店長
松田啓二
■4)『モンズルール・ハック氏受賞記念寄稿』
ハックさんの受賞を慶ぶ 渡辺一弘
ハックさんのこと 丹羽京子
■5)『イベント情報』
〇【日本バングラデシュ協会 第38回企業情報交換会】のご案内
〇第3回 バングラデシュITエンジニアサミット in 東京
テーマ:バングラデシュIT人材と共に描く、共創の未来
〇写真展 ― 戦場を駆けた写真家 一ノ瀬泰造 ― 「もうみんな家に帰ろー!」
〇マリーナ・タバサム・アーキテクツ展
■6)『事務連絡』
■7)『読者のひろば』
・メルマガ10月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。
■8)『編集後記』
■1)巻頭言:『ボロ・ミヤがブートとジンに出会った話』
京都大学 東南アジア地域研究研究所
安藤和雄
「安藤さん、深夜に外にトイレに行くときは気をつけた方がいい」と、ボロ・ミヤが語りはじめた。夕方の食事が終わった夜に、木製のダブルベッド(チョキ)にボロ・ミヤと座って、ベッドの上に置かれたハリケーンの灯油ランプが部屋の暗闇の中でぼんやりと照らす薄明を浴びながら、二人で話すことが、私のシラディ村のフィールドワークでの日課になっていた。
ボロ・ミヤとは、日本語なら、兄貴、もしくには、お兄ちゃん、の意味である。3人の兄弟の長男で、モザメル・ホセインさんが名前である。私が当時28歳、ボロ・ミヤは40歳前後だったのではないかと思う
ボロ・ミヤとの出会いは、1978年8月から81年4月まで青年海外協力隊の農業隊員としてノアカリ県センバグ郡シラディ村で活動していた時である。その後、大学院に入学し、1982年10月から半年近く私は修士論文のためボロ・ミヤの自宅にホームステイをさせてもらいシラディ村で伝統的稲作に関するフィールドワークをしていた。その時の出来事である。
ボロ・ミヤの家は、シラディ村では一般的な構造である。屋根はトタン(ティン)葺き、壁は、日本の網代編みに似た竹シート(ベラ)である。家の正面の玄関というか入口には木枠のしっかりとしたトタンの開きの扉がつけられていて、内側からは木の棒で閂をして止め、外側からは南京錠で占めるように鉄のリングがついていた。入口の左右に、外から鉄の格子がつけた木枠のトタン窓があった。(写真)。入口を入る客間には木製のダブルベッド(チョキ)が置かれ、そこで私は寝てもいた。ボロ・ミヤの個人的な経験や、考えではあったが、バングラデシュの一村人の考え、感性など、さまざまことを学ぶことができた。今回取り上げたのは、その一つである。10月から始まったNHKの朝ドラ「ばけばけ」に刺激され、前々から書いておきたかった私の経験の記録。真夜中の外のトイレにいった時の怖い話である。

私は、夜のトイレが近く、ほぼ毎日のように真夜中、日本でいう丑三つ時にも懐中電灯片手にボロ・ミヤの家でも外のトイレにいっていた。トイレは男性用と女性用に分かれていた。兄弟3人の3軒の家は、中庭であるウタンの周りをコの字状に並ぶ。ウタンでは当時2-4頭の牛を杭に横一列に紐で括り留めしていて、収穫された稲を広げた上を牛に踏ませて脱穀していた。現在ではタンガイルでは、牛のかわりに耕耘機が使われている毎夜私は、この屋敷を抜けて、大きな池のほとりの大木の下に作られた簡易トイレに行っていた。ウタンをでて、大きな池(ディギ)の木々の生える岸にそってつけられた道を30m以上は歩いた一角にあった、木肌の白い10mはあったであろう大きな木のもとに、コの字状に竹のシートをたてて目隠しにした簡易トイレがつくられていた。律儀にそこに私は歩いていって用を足していた。女性用のトイレは、家の裏の木々の中に充てられ、同じ形状であるが、入口には布がかけられて目隠しされていた。
大きな木にはブート(お化け)がいる、と、ボロ・ミヤはつづけた。「トイレから帰ってくるとき、庭などで、ノトゥン・ボウ(直訳すると新嫁であるが、ここは若い女性くらいの意味)を見つけたら、絶対に声をかけちゃだめだ。すぐに家に入り、窓や扉をしっかりと閂をかけて静かにじっとしていなくちゃだめだ」。「ブートが出た翌朝に牛が4本の脚を外側にひっぱられて八つ裂きされることがある。あれはブートの仕業だから、そうなりたくなかったら、とにかく、家の中に入って、窓、扉を閉めてじっとし、ブートの災難から逃れることだ」。ボロ・ミヤは、ノトゥン・ボウの姿をしたブートを見たことがあり、朝には、やはり牛が八つ裂きになっていたと話してくれたことを記憶している。幸いというか運がないというか、私は、バングラデシュのモスリムの美しいサリーを着て、サリーの端で頭覆い、顔を半分隠す、あの独特の雰囲気の気恥ずかしさが漂うノトゥン・ボウに真夜中に出会うことはなかった。しかし、ボロ・ミヤとの話は、確かに、暗闇にノトゥン・ボウが薄明りの中でうずくまりボーとそこだけ輝いている姿を脳裏に焼き付かせたのだった。だから、私は確かに、ノトゥン・ボウと出会っていたのだった。
もう一つ、ボロ・ミヤはジンと実際に出会った話もしにてくれた。ジンに病気を治してもらったりするために、村ではジンが招かれる。ジンを招くのは、ファキールやコビラーズである。ファキールは、イスラム神秘主義の行者、コビラーズは薬草や呪術で病気を治す村の「伝統医」のような存在である。私のタンガイルの調査村では、コビラーズはファキールとも呼ばれていた。そのファキール、もしくは、コビラーズが、ジンを招聘してくれる。
ブートは交通事故や水死などの事故死によって、普通の死に方をしなかった人の霊がさまよって幽霊になったものだともいわれている。一部の原理主義のモスリムの村人は、あれはヒンズーが信じているだけだとも言う。ブートは悪さをする。
一方ジンは、もともとはイスラムとともにバングラデシュに入ってきた「教え」である。ジンは、精霊など、人間以外の人間のような存在で、もともとはアラブ地域で信じられていた存在だったものが、イスラムの普及とともにバングラデシュでも信じられるようになった。良いジンと悪いジンがいる。ボロ・ミヤが出会ったのは、良いジンである。ボロ・ミヤは、ジンを呼ぶ現場に招かれたという。何も見えない真っ暗な部屋に通されジンを待ったという。そしてジンが現れると、「ここに来て、私の腕に触れるのがよい」といったので、気配でジンの前にいって、腕に触れた。すると、硬いつんつんした毛で覆われていたという。ボロ・ミヤは「どこに住んでいて、どうやってここに来たのか」とジンに尋ねたそうだ。すると、「ヒマラヤに住んでいる。そこからひとっ飛びで来た」と答えたと話してくれたという。
私が青年海外協力隊員、修士の頃の調査、その後の1984年から86年にかけてのバングラデシュ農業大学への留学期間のノアカリ県の村々や、その後1986年から95年にかけてのJICA専門家として滞在していたタンガイル県の村々では、ファキールやコビラーズが村で重要な役割をになっていた。村は夜ともなれば真っ暗で、まさに、ブートやジンが闊歩していてもまったく違和感のない世界だった。電気の普及によって日本の丑三つ時の異界がなくなったように、バングラデシュでも異界は徐々に消えつつある。それと同じくするように、ブートやジンの世界と精通していたファキールやコビラーズを信じないモスリムの人たちが近年増えつつある。この人たちは、神秘主義イスラムである密教のマールポットではなく、顕教とでもいえるショリオットで、コーランに書いてあることがすべてと考える人たちである。ヒンズーとイスラム、もしくは、仏教・ヒンズーとイスラムの「神仏習合」が一般的であった「神秘主義の時代」が終わろうとしているのかもしれない。私がはじめてタンガイルの調査村を訪れた1985年の頃には、モスリムの間でも、あの大きな木には、ブートやデボタ(神)が居るといって、燈明をして、バナナや牛乳を木の元に供物していたことを覚えている。また、シラディ村で滞在していた時に、ウタンで牛の脱穀をしていた稲をゴム草履であるジュタでイネを踏んだ時、ボロ・ミヤの一番下の弟の妻に、「ロッキー(神様)がいるんだよ」と怒られ、慌ててゴム草履を脱いだことを思い出している。
バングラデシュの村では、1990年頃までは確かに日常生活でも「神仏習合」の痕跡が残っていたことを私は経験的に実感している。タンガイルの村に通いはじめた頃、お年寄りから、「以前はヒンズー教徒とモスリムがお互いの祭りの時にもよく行き来していた。おかしくなったのは、コングレスとモスリムリーグが村までおりてくるようになった時からだ」と英領末期を思い出して話してくれた。「神仏習合」は、村の日常生活での隣人がもつ信頼関係として存在していて、それが、バングラデシュの習慣や文化の基層をしっかりと作っていたことをブートやジン、稲のロッキーの話から伺い知ることができる。「神仏習合」の価値観が薄らぎ、人間が恐れなくてはならない闇、人間界とは異なる異界が消える時、人間の傲慢さだけが覆う社会がまた再び出現してきているような気がしてならない。昨今の世界と日本の情勢である。
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