日本バングラデシュ協会 メール・マガジン104号(2022年8月号)巻頭言:『今に伝えられるベンガルの民話』 東京外国語大学大学院教授 理事 丹羽京子

日本バングラデシュ協会の皆様へ
■目次
■1)巻頭言:『今に伝えられるベンガルの民話』
                                   東京外国語大学大学院教授
                                   理事 丹羽京子
■2)会長寄稿:『安倍晋三元総理大臣の逝去と日本バングラデシュ関係』
                                   会長 渡邊正人
■3)理事寄稿:『バングラデシュと私:あの頃の風景(1990年代のダッカ)』
                                   清水建設株式会社 国際支店
                                   理事 水品恭志
■4)寄稿:『ベンガル人も「行ったことない・よくわからない」という謎多き(!?)チッタゴン丘陵
―その2:都市部と農村部の暮らし、教育の民族覚醒効果―』
                                   NPO法人WELgee代表
                                   渡部カンコロンゴ清花
■5)イベント、講演会
■6)『事務連絡』
■7)『読者のひろば』
■8)編集後記

■1)今に伝えられるベンガルの民話
                                   東京外国語大学大学院教授
                                   理事 丹羽京子

【民俗文化の復権】
どの言語にも伝えられてきた物語がある。ベンガル語もほかのあらゆる言語と同じように、いわゆる民話というものを伝えてきた。しかしあたりまえのように語り継がれてきたそれらの物語が今に残されているのは、実はあたりまえのことではない。
ベンガルにおける民話の掘り起こしは、20世紀初頭の民族主義の高まりと深い関係がある。民話に限らず、もともとそれこそあたりまえに存在していたもの――ジャットラ(野外劇)やバウル(吟遊詩人)やポトゥア(絵物語師)等々のあまたあるベンガルの民俗芸能文化――は、イギリスの植民地であった時代、近代化に向かって邁進した19世紀には、特に英国式教育を受けた都市部のインテリ層にあまり顧みられなくなっていた。そうしたなか20世紀初頭になると、政治的自治を求める運動の高まりとともに、自らの伝統文化に対する意識も高まっていったのである。

【『おばあさんのお話袋』】
ベンガルの民話集の金字塔となっているのは、1907年に出版された『おばあさんのお話袋(Thakurmar jhuli 文字通りの意味は「おばあさんの袋」)』である。これはベンガルに伝えられていた民話を収集し、書き起こしたもので、編者はドッキナロンジョン・ミットロ・モジュムダル(Dakshinaranjan Mitra Majumdar)、挿絵も編者によるものである。この本に寄せた序文で、タゴールはこのように語っている。

わたしたちの国にこの『おばあさんのお話袋』以上に本質的に土着のものがあるでしょうか?悲しいことに、これらはイギリスから伝わったお話に取って代わられつつあります。外国のおとぎ話は、徐々にわたしたち独自のおとぎ話と入れ替わってしまい、今ではおばあさんから言い伝えられたおとぎ話はほとんど消えつつあるのです。……素朴なおとぎ話は代々ベンガルの子どもたちを育て、国内外の嵐を乗り越えさせてきました。母の強い愛は身分を問わず、王子でも貧しいものでも、その心を揺さぶります。……わたしはドッキナロンジョン氏にお礼を申し上げたい。おばあさんの口伝えによる物語を文字化し、発行するにあたり、彼は素晴らしい成功をおさめました。元来の物語の生き生きとした美しさを守ることに成功したのです。

タゴールが英国式教育を嫌って早々にドロップアウトしてしまったのはよく知られているが、この天性のベンガル詩人が、自国にありながらイギリスの童謡を歌わされ、イギリスの昔話を聞かされることに違和感を持っていたことは容易に想像できる。そのタゴールが失われつつある民話の掘り起こしを高く評価したのも当然と言えば当然であった。そしてその掘り起こしを行ったドッキナロンジョンはというと、同じく序文で以下のように語っている。

かつて家のなかにいる女性たちは、民話と深いつながりがありました。民話を知らない人はいませんでしたし、もし知らないとしたらそれは恥ずべきことだったのです。今の子どもたちの心に民話は響かなくなってしまい、それで眠りにつくこともなくなってしまったのではないでしょうか。……「消えた声の宝石を、母語の宝箱に贈り物として捧げる。その宝石は比類なき霊感であり、その源泉から湧き出ているのは母の愛である。」(本書に捧げられたタゴールのことば)これこそがベンガル人にとっての民話なのです。……いくつかの村で老人たちから民話を聞くうちに、わたしも童心に返りました。けれどもそれらはぼろぼろに砕けた骨の上に、なんとかして花で建てた寺院のようなありさまでした。…

かように当時、ベンガルの民話は危機に瀕していた。それを救い出し、今に伝わる姿にしたドッキナロンジョンの功績は大きい。

【ドッキナロンジョン、そしてその物語】
ドッキナロンジョンは1877年にダッカ近郊に生まれている。早くに母を失くしたため叔母に育てられ、最終的にはモエモンシンホ(マエメンシン)の叔母の地所でジョミダル(ザミーンダールとも。ある種の大土地所有者で、その土地に関わる全般的な業務も担う)の仕事をしつつ、民話の収集や執筆活動を行っている。『おばあさんのお話袋』が好評だったため、引き続き『おじいさんのお話袋(Thakurdar jhuli)』(1908)を出版したほか、相次いで民話集を出版、雑誌の発行なども行った。亡くなったのは1956年、くしくも柳田国男(1875-1962)とほぼ同時代人ということになる。
最後に『おばあさんのお話袋』に収録されたものからよく知られた民話を紹介しておこう。まずは「7人のチャンパの兄弟」と題する物語。ある王様には7人の王妃がいたが、そのうち7番目の王妃が7人の王子とひとりの王女を生む。しかしそれを妬んだ上の王妃たちがこどもたちを壺に押し込めて庭に埋め、生まれたのはネズミやカニだったと王に報告する。怒った王は7番目の王妃を追い出し、彼女は牛糞拾いをして日々を過ごすようになる。月日が経ち、王国が衰退するなか、ある日庭に7つのチャンパの花とパルルの花がひとつ咲く。庭師や王がそれを取ろうとすると花はするすると上に伸びてしまい、牛糞拾いが来たら取らせてあげるよと言う。そこでかつての王妃、牛糞拾いが呼びにやられるが、彼女がやってくると花はするすると降りてきて、チャンパの花は王子にパルルの花は王女となった。悪事が露見した上の王妃たちは、棘の冠を被せられて埋められてしまったのだった。
さらにもうひとつ、「シュクとドゥク」という物語。ある機織りに二人の妻がいて、それぞれの娘はシュクとドゥクといった。ある日機織りが亡くなると、シュクとその母が財産を独り占めし、ドゥクとその母は貧しさに耐えながら機織りをして暮らすことになった。ある日干してあった綿が風に飛んでしまい、ドゥクはそれを追いかけていく。途中牛やバナナの木や馬を助けてやりながら、ドゥクは不思議なおばあさんの家に着く。ドゥクはそのおばあさんの魔法で美しくなり、宝物を手に入れて家に帰るが、帰路を助けてくれたのは、牛やバナナの木や馬であった。それを知ったシュクは同じことをしようとするが、欲張ったためにかえって醜くなり、宝の箱のはずだったものからは蛇が出てきて食べられてしまった。
いかにも民話らしく、どこかで聞いたようなプロットも散見するが、ここで特徴的なのは複数の妻という設定である。ベンガルの民話では、王や富者に複数の妻がいて、そのうちのひとりがいじめられたり不運な目に遭ったりするところから話が展開していくことが多い。また民話には身近な花や動物などの風物が登場することが多く、ベンガルの土壌が生き生きと感じられる。
『おばあさんのお話袋』は版を重ね、今では様々な装丁の本が存在する。そしてまた、Youtubeなどではこれらの物語の動画が見られるが、はじめにおばあさんが登場して語り始めるのも愛嬌だ。自分のおばあさんが民話を聞かせてくれなくとも、今ではパソコン内のおばあさんが物語を語ってくれるのである。

註1)『おばあさんのお話袋』の一部は、は大橋弘美、森日出樹氏によって一部が訳されている。(松山東雲女子大学人文科学部紀要参照)
註2)動画の一例としてこのようなものがある。
Thakurmar Jhuli | Bengali Fairy Tales | Bangla Cartoon | Cartoons For Children – YouTube

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