日本バングラデシュ協会 メール・マガジン116号(2023年6月号)巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(1)――はじめに』福岡アジア美術館 学芸員 会員 五十嵐 理奈

日本バングラデシュ協会の皆様へ
■目次
■1)巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(1)――はじめに』
福岡アジア美術館 学芸員
会員 五十嵐 理奈

■2)追悼寄稿:『バングラディシュ親子紀行(後編)』
-デザイナー 故河野一平 追悼(その2)-
写真家
河野鉄平

■3)理事寄稿:『旅行誌TRANSIT 59号 東インド・バングラデシュ特集:編集裏話を聞く』
理事 丹羽京子

■4)理事寄稿:『カラーチーに住む「ベンガリー」(後編):路上で物売りや物乞いをする子どもたち』
東洋大学准教授
理事/事務局次長 小野道子

■5)講演会・イベント
〇河野一平スケッチ画展(チラシは最終頁を参照)
・日程: 6月17日(土)~25日(日)
・会場:『在林館』世田谷区羽根木2-34-4
■6)事務連絡

■7)『読者のひろば』
・メルマガ5月号の各寄稿への読者の感想をご紹介します。
・メルマガ寄稿への感想ほか、お気づきの点など、なんでもお寄せ下さい。

■8)編集後記


■1)巻頭言:『勢いづくバングラデシュ現代美術界(1)――はじめに』
   福岡アジア美術館 学芸員
   会員 五十嵐 理奈

前シリーズでは、バングラデシュ近代美術の創成に関わった美術作家と美術学校を紹介しました。向こう1年は、こうした美術教育の基礎の上に、2010年以降、経済成長とともに勢いづくバングラデシュの現代美術界を国、企業、そして民間のアート・スペースによる国際展をとおして4回シリーズで紹介します。

 

活気に沸く美術界

経済成長と美術界の活性化は切っても切れない間柄。美術教育でも、政府の文化政策でもなく、近年、企業家という民間の力も美術界を動かしつつある。一方、作家たち自身が自由な表現の場を求めてグループや国際展を作るなど、多彩なアクターが美術界で活躍している。シリーズの1回目は、2010年頃以降、活気に沸くバングラデシュ現代美術界を概観する。

 

国と外国文化機関の貢献

2000年前後までのバングラデシュは、独立後、軍事政権を経て、民主化して間もない不安定な政治状況にあり、美術作品を見る機会といえば、文化庁の国立芸術機関シルパカラ・アカデミーが主催する「全国美術展」か「バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレ」、わずかな商業ギャラリーで開かれる重鎮作家たちの展覧会くらいだった。こうした場所では、美術界の強固なヒエラルキーの最下部にいる若手作家が紹介されることは稀で、在バングラデシュの外国文化機関であるフランスのアリアンス・フランセーズやドイツのゲーテ・インスティチュートなどが地道に若手作家展を開催する程度にとどまっていた。

 

自律的な作家グループの活動

一方で、そうしたヒエラルキーの最下層にも入れない、実験的な試みをするはみ出し者と目されていた作家たちは、自分たちの作品発表の場所を手に入れるためにグループを組んでスペースを立ち上げるなど、独力で道を開いてきた。2006年設立のBritto Arts Trustは、その先駆的なグループのひとつで、国際的なネットワークをつうじて活躍の場を広げ、2022年には先端的な現代美術を紹介する国際展「ドクメンタ」(ドイツ、カッセル)にも参加するまでになった。また、写真表現の分野では、同じ設立者によるDrik Picture Library(1989年)とPathshala South Asian Media Institute(1998年)が、2000年より助成金を得て独自に写真の国際展「チョビ・メラ」を開催し続けている。

 

企業による美術財団の設立

世界の現代美術界において、なかなかバングラデシュの存在感を示せないなか、2010年頃から美術界にあらたなプレイヤーが加わる。ビジネスで成功した企業家たちが立ち上げた美術財団である。主に貿易業で成功した企業家たちは、海外に出ればバングラデシュの認知度の低さに直面して悔しい思いをし、バングラデシュへの愛と誇りを胸に、自国作家の美術作品をコレクションすることで、美術界の底上げを図るようになった。そして、そのコレクションを核に財団を立ち上げ、ギャラリーを開き、さらには美術雑誌を創刊するなど、その活動を拡大していったのである。

その草分けが2001年に設立されたベンガル財団で、美術、音楽、出版など幅広く芸術分野の支援をすることで、政府機関による活動助成制度がない状況を補ってきた。その後、2010年代にはいくつもの財団がたちあがり、2011年にはサムダニ美術財団も活動を始め、翌2012年には「ダッカ・アート・サミット」を開催することで、バングラデシュ現代美術界に一気に躍り出ることになった。このような企業美術財団は、貿易や流通のノウハウと財源を活用し、世界中から展覧会への出品作品を集めるとともに、多くの作家を招聘して国際展を開催し、新しい旋風を巻き起こしているのである。

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