日本バングラデシュ協会 メール・マガジン98号(2022年3月号) 巻頭言:『篠原拾喜先生が導入したバングラデシュの栽培型空心菜-南南協力の先駆け-』 京都大学東南アジア研究所連携教授 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会の皆様へ
■目次

■1)巻頭言:『篠原拾喜先生が導入したバングラデシュの栽培型空心菜-南南協力の先駆け-』
京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄
■2)寄稿:『継続は力なり =サイクロン被害軽減のためのマングローブ植林=』
―NGO/NPOシリーズ―
公益財団法人オイスカ
海外事業部 調査研究担当部長 長 宏行
■3)寄稿:『第20回ダッカ国際映画祭『タゴール・ソングス』招待上映レポート』
映画監督/文筆家
会員 佐々木美佳
■4)理事連載:『バングラデシュの独立に寄り添う(1972年3月) ムジブル外交と早川特使』
理事 太田清和
■5)イベント、講演会の案内
・バングラデシュ独立50周年記念 バングラデシュ大使館/東京外国語大学共催セミナー
・映画『メイド・イン・バングラデシュ』(岩波ホール)
■6)『事務連絡』

■1)巻頭言:『篠原捨喜先生が導入したバングラデシュの栽培型空心菜-南南協力の先駆け-』
京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

夏の青菜不足をおぎなう空心菜

空心菜炒めは中華料理店では定番、最近は家庭でも楽しまれ、シャキ、シャキとした食感が人気です。茎が中空なので中国由来のこの名が日本で一般的となっています。ただし標準和名はヨウサイ(蕹菜、学名: Ipomoea aquatica)で、空心菜の中国での別名、蕹菜の日本語発音です。蕹の字義は「草が集まって生えるさま」(漢字辞典ONLINE)です。栽培した時の草型からこの名前がついたのでしょう(写真1)。ヒルガオ科サツマイモ属の多年生、一年生のアサガオと同じ属の仲間です。アサガオに似た白一色、または中心がピンクの花を咲かせます。空心菜の原産は東南アジアです。沖縄では古くから栽培され、自生し、種子もつけます。沖縄から九州を経て日本の他の地域に栽培が広がりました。しかし江戸時代に中国経由で伝来したホウレンソウや江戸で栽培化されたコマツナほどではありません。空心菜を栽培し、私が朝市で販売しはじめたのは2020年の夏からです。高齢者のお客さんの中には、「これは何?食べ方を知らない」と言われる方が珍しくなかったです。とはいえ、青菜が不足する日本の夏の貴重な葉物野菜となり、定着し始めているのは間違いありません。

JICA専門家の篠原先生がバングラデシュに導入した栽培型空心菜

私が空心菜にはじめて出あったのは、40年以上前、1978年8月にバングラデシュで青年海外協力隊員として活動していた時でした。当時、JICAの技術協力プロジェクトのCERDI(Central Extension Resources Development Institute、中央農業普及技術開発研究所)には、キャベツ博士として有名であった静岡県農業試験場で活躍された篠原拾喜先生が長期派遣専門家として赴任されていました。今でもその傾向がありますが、熱帯モンスーン気候に位置するバングラデシュでは雨季には野菜が不足していました。先生はこの問題に取り組まれていました。
青年海外協力隊員は、CERDIのリーダー中田正一先生宅によく招待され、私はそこで篠原先生とお会いしたように記憶しています。熱帯型短期葉根野菜の、空心菜であるカンコン、白菜の仲間のペッツアイ、中国大根などの新しい野菜を先生はタイ、台湾他から導入し、雨季の野菜欠乏を解決されました(篠原拾喜 1988 「熱帯における野菜園芸開発戦略の立て方」『熱帯農業』32(4):258-262、https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/10120418_02.pdf)。カンコンの品質の良い茎葉が育つことを1977年からの栽培実験で確認され、青年海外協力隊の野菜隊員にカンコンの普及のために種子を分けてくださっていたのです。


熱帯圏であるバングラデシュでは在来型の空心菜があり、野草で自生しています。コルミー・シャーク(Kolmi Shak)またはコルミー・ロタ(Kolmi Lota)と呼ばれます(写真2)。コルミーは食べられる水生植物(SMMSAD Bengali-English Dictionary)、シャークは摘み菜、ロタはつる植物、もしくは、ほふく植物の意味です。先生は栽培型と在来型を差別化するためにもカンコンの名前を栽培型空心菜に使われました。理由を先生に尋ねることはできませんが、タイではパクブン(Pakbung)と呼ばれています。カンコンはフィリピン(Kang Kong)、マレーシア(Kangkong)、インドネシア(Kangkung)で用いられ、英語ではKangkong, Water Spinachが使われているようです。
先生の努力によりカンコンが導入され、バングラデシュで本格的な空心菜の栽培が始まったのです。私もカンコンを任地であるノアカリ県北部の村々で雨季の始まりから終わる10月頃の開花時期まで栽培しました。最初は播種しましたが、茎を切って挿し芽で普及しました。採種もしました。栽培が簡単で、収穫された空心菜は取りたてですので市場では新鮮です。雨季に野菜、特に青菜が少ないことから定期市でもよく売れました。在来型空心菜は栽培型のようには茎葉は旺盛には生育しません。また、栽培型は水田でも栽培できますが畑での栽培が中心です。一方、私がフィールドワークで現在も通っているタンガイル県のD村近隣では、在来型は基本的には栽培せずに池、沼、溜水、水田雑草として自生するものを摘みます。在来型は栽培しても茎の節間伸長が旺盛で「蕹の草型」となるのは難しいのでしょう。青年海外協力隊時代私はカンコンの普及によって農家の人たちから感謝され信頼を得ました。

タンガイルの街の市場でも売られている栽培型空心菜
40年以上を経て、今では栽培型空心菜はしっかりとバングラデシュに定着しています。栽培型空心菜は、インターネットなどでは今でもカンコン(Kang Kong)が使われていますが、別名でギマ・コルミー(Ghima Kolmi)、ギマ・コルミー・シャークとも呼ばれています。D村近隣ではギマがついた別名が一般的です。篠原先生のカンコンが刺激したのでしょう。バングラデシュ農業研究所(BARI)は、畑栽培用品種の空心菜を1983年にBARI GIMAKALMI-1として世に送り出しています。この品種が広まったことも十分に考えられます(http://dhcrop.bsmrau.net/bari-gimakalmi-1)。


ギマ・コルミーの由来はギマ・シャーク(Gima Shak、和名不明、学名 Glinus oppositifolius)にあるようです。ギマ・シャークは「蕹の草型」となる食べることができる野草です。ギマ・シャークのギマがコルミー・シャークの頭につけられて草型の類似から栽培型空心菜の新しい名前となったのでしょう。在来型空心菜は在来(Local)の意味のデシーがついてデシー・コルミー(Deshi Kolmi)、デシー・コルミー・シャークと呼ばれることもあります。D村近隣やタンガイルの街の定期市でギマ・コルミーは一年を通して購入することができます(写真3)。デシー・コルミーも定期市に出回りますが、10月半ばから1月半ばのベンガル月のカルティックからポウシュにはほとんど出荷されません。開花結実の時期を迎えるからかもしれません。

南に学び、南と南をつなげる実践
バングラデシュの氾濫原では冬の最低温度も10℃前後、最高気温は20℃を超えます。冬の乾季には空心菜が開花結実しますが、一年中栽培されています。私の住む名古屋市北部では6月から10月末までが空心菜の栽培期間となります。10月中頃には花が咲きますが種子はとれません。2020年には水田でのサトイモ栽培の延長の一畝で、2021年には水田の道路面に低い畦(畝)つくって空心菜を育てました(写真1)。空心菜が優れているのは、病虫害に大変強く、生育力が旺盛なことです。梅雨どきや夏には刈り取った茎葉から10日もすればまた収穫ができます。元肥で鶏糞と苦土石灰を入れてありますが、私は刈り取った後で空心菜の状態を見ながら、硫安もしくは油粕を株元に施し、肥ぎれを防いでいます。場所もとらず何度も収穫できるのです。青年海外協力隊員時代の経験をいかした栽培方法です。
日本で現在ベランダ菜園、プランター栽培が流行しているように、バングラデシュでもベランダや屋上菜園で空芯菜を栽培する様子や空心菜を使った料理がYouTubeで公開されています。日本よりも盛んで工夫されているようです。公開されているの空心菜は栽培型です。篠原先生や当時の私たち青年海外協力隊員たちがカンコンと呼んだ栽培型空心菜が、これほどバングラデシュで定着するとは想像できなかったことでしょう。空心菜を見ると青年海外協力隊員時代に村人とひと儲けし、その後の乾季野菜の普及が順調にいったことや、タイ国の夏野菜に目をつけられた篠原先生の慧眼に惹かれたことを思い出します。バングラデシュにおける栽培型空心菜の定着は、篠原先生が南に学び、南南協力を実践した成果でもあります。私の現在の研究活動が立ち返って行くべき原点です。バングラデシュに学べることは尽きないのです。

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